なぜ結婚相手に「条件」を求めすぎてはいけないのか?

新郎と新婦

みなさんは、結婚というのはまず「自分にぴったりした配偶者に出会うこと」から始まると思ってますでしょう。

それが間違いなんです。そうじゃないのね。「まず結婚する」んです。そこから話が始まる。

結婚してみないと、自分がどういう人間なのか、そもそも結婚に何を求めているのかなんて、わからないものです。

結婚してはじめて、自分の癖や、こだわりや、才能や、欠陥が露呈してくる。「ああ、オレって『こういう人間』だったんだ」ということがわかる。

内田樹(『街角のメディア論』より)

結婚するなら○○な人がいい。

わたしたちは結婚について考えるとき、可能なかぎり、最善の条件を期待する。それを満たす相手と結婚してこそ、私たちは幸せになれると考える。

それは果たして本当なのか?

なぜ「正解」を選んだのに後悔してしまうのか?

結婚という重大な選択において後悔しないためにまず認識しておきたいこと。それは、頭で考えた生活と現実の結婚生活は別物という現実である。

理性的に結構相手として重視すべき特質をピックアップ。お金や安心を重視して相手を選び、結婚する。

それは「経済的に満たされて安心した生活を送ることができる」と頭の中で計算した結果を得ることはできるかもしれない。

にも関わらず、心が「何かが違う・・・」「このままでいいのだろうか・・・」と叫びだす日々がそこにある。

本当の意味で正解とは

条件を選定し、「この人とならうまくいく」と結婚したものの、そこにあるのは頭で考えていた暮らしとは全く違う日々。

そこである人は我慢し、ある人は浮気をして家庭をぶち壊す。そして、もし仮に期待する条件が全て満たされた相手と結婚しても、うまくはいかないことを悟る。

人生なんでもそうだが、実際に経験しない限りには、本当のことは分からない。だから結婚相手にあれこれ条件をつけて可能性を狭めることは、とても損なことである。

なぜならそこには心がない。そして心こそが、自分にとって一番ベストな相手を既に知っているのである。条件を求めすぎてはいけない理由も、まさにここにある。

完璧を求めない。その必要がないから

実際の話、条件と違う相手でも、それを許容できるかわりの何かがあれば全然問題ない。むしろ、絶対に自分の理想に会う相手など絶対に存在しない。

だから、頭で条件をああだこうだと考えるのではなく、「結婚したい!」と思ったときは、そのとき何らかの形で縁があり、心が「イエス!」と伝える人と思い切って結婚するのが良い。

それがタイミングというものだし、「ご縁」というものである。もちろん結婚して完全に不満を感じない暮らしなどはありえない。しかしそれでもなお、自分の選択が間違っていなかったことは、時間が証明してくれるだろう。

最後に

頭で相手を見極めようとする。それこそが「条件」である。しかしいくら条件が良かったところで、心をおざなりにしていれば。決してその選択に納得することはできない。

物質的に豊かでも、「自分の人生は間違ってしまった」という後悔の念を常に、感じる日々を過ごすことになるだろう。

ともかく難しく考える必要はない。大切なのは与えられた出会いである。そこで感じる気持ちである。条件など長い目で見れば、大した問題ではないのだから。

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