なぜ、恋愛においては「来るもの拒まず去るもの追わず」が正しいのか

真実を悟った美女

人に強制できないことが二つあります。尊敬と愛です。

「私を尊敬しなさい」「私を愛しなさい」といってみたところで、相手が自分を尊敬し、愛してくれるとは限りません。

実際に口にしないとしても、強制できると思っている人が尊敬され、愛されることはないでしょう。

岸見一郎

人生には、自分の努力でなんとかできることと、いくら努力してもなんともならないことがある。

後者の代表が恋愛である。

私たちは誰かと出会い、恋に落ちる。そのとき、相手もまた、自分に恋に落ちてくれれば何も悩む必要はない。

だが、実際恋愛は、どちらが好き好きで、どちらかがなんとも感じていない状態から始まることが多い。

そこで、好き好きな方が立場的に言えば弱者であり、なんとも感じていない方が強者。そこで気持ちの綱引きが始まり、弱者は強者の気を引こうと様々な努力をする。

しかし残酷なことに、興味を持てない人。「好き」という感情が1ミリも芽生えない人に対しては、とことん残酷になれるのが人間のサガだ。

愛されることを求める弱者は、いくら努力しても自分の想いが決して成就しない。その残酷な現実を目の当たりにする。

だからこそ、誰かを好きになったときに努力論は厳禁。

「私が○○さえすれば、あの人に愛されるはずだ」

そんな思い込みは、決して持たないことないである。

結局、努力しようがしまいが、つながる人とは必ずつながるし、縁がある人とは必ず、縁がある。

逆に言えば、縁がない人とは、どれだけつながる努力をしたところで、その努力はすべてがムダに終わる。

この意味で恋愛は来るもの拒まず去るもの追わず。真摯に自分の気持ちさえ伝えることができれば、それだけで十分なのだ。

出典

『愛とためらいの哲学』(PHP新書、2018年)