転んで傷つき立ち上がる。だから人生は最終的にうまくいく。

希望はすぐそこ

才能や運、チャンスに恵まれて、トントン拍子に成功した人は、小さな挫折でもぽきりと折れてしまうけれど、挫折や逆境をバネに成長して成功をつかんだ人間は、この次また挫折したって、必ず立ち上がれるし、逆に失敗を糧にさらに飛躍できる。今、僕はそう考えています。

HIKAKIN

世の中にはとても恵まれた人がいる。

彼らは何をやってもトントン拍子。挫折という挫折を経験しないまま、自らの目標や希望を、やすやすと実現することができる。

私たちは彼らのことを「幸運な人」と呼ぶが、果たして彼らが本当に幸運なのか、その本当のところは分からない。

トントン拍子で成功できるということは、失敗しないということだ。それはある意味、とても損なことだと思う。

というのは、失敗しないということは、人生において挫折に対する免疫がつかないということ。

すなわち、失敗していないことそれ自体が、いつかどこかで、悪運に変わってしまうかもしれないのだ。

人生は長い。

どんな幸運な人でも、最低1度は、逆境の時期がやって来る。

そんなとき、人生何もかもトントン拍子で上手くいってきた人が果たして、それに耐えることができるかどうか。

それを考えれば、失敗を経験せず、挫折に対する免疫力を持っていないことは、幸運なことではなくて、実は悪運なのかもしれない。

例えば、こんな人がいた。

その人は、子どもの頃から優秀過ぎるくらい優秀で、学校での成績はいつもトップ。

周囲からは「東大へ行くのは当たり前だ」と思われ、本人も本当に優秀なので、自然と東大へ合格し、そして卒業した。

会社は誰もが知る超有名企業。もとから優秀で能力もあるので、仕事も順調にこなし、結婚して子どもを作り、家も買った。

人生何一つ失敗することなく、まさに順調そのもの。「こんな輝かしい人生が送れたら、さぞ幸せだろうな」と周りから思われる、そんな人だった。

ところが、その人は仕事でたった一つ、ミスを犯した。

それは、部下のほんの小さな不正を見逃してしまったことだった。その結果、その人は連座で責任を負うことになり、その人の人生はここから激変した。

その人は仕事を失い失業した。すると、家庭生活もうまくいかなくなり、最終的にその人は全てを失った。

そして、完全にノックアウト。たった一つの挫折によって人生が狂い、もう二度と、立ち上がることができなかった。

もしかしたらその人のような例は極端かもしれない。しかし、人生で挫折や逆境を経験しないまま、何もかもうまくいく人生は逆に怖い。

それを考えると、ちょっと進んでは転んで傷ついて、そして立ち上がっていく。そんな凸凹な人生の方が、むしろ安全なのかもしれない。

私たちは傷つく。しかし、そのときには必ず、何かを学んでいる。成長している。だからある意味、順調に生きていくことができる。

この意味で、挫折や失敗は悲しむことではない。拒否すべきことでもない。

むしろ、私達の人生が本当の意味で順調に進んでいくために、欠くすことができないものなのかもしれない。

もちろん、人生で転んでしまう。それは苦しい。楽ではない。何もかもがうまくいって、思い通りになるほうが楽しいかもしれない。

しかし、その苦しみは必要だからこそそこにある。そこから傷つくべきこと。学ぶべきことがあるかこそ、そこにある。

あなたが人生でつまづき、転び、傷ついてしまったときは、ぜひそのことを思い出してみて欲しい。

今は苦しいのは確かだと思う。しかし、3年後、5年後、もしかしたら10年後。

「そうか、あのとき自分が転んだことには、こんな意味があったんだ!」

という何かに気づくことができる。

そして、転んで傷つき立ち上がるからこそ、人生は最終的にうまくいく。そして、転ぶことそれ自体に意味があること。

それに気づくことができるはずだ。

出典

『僕の仕事はYouTube』(主婦と生活社、2013年)