「○○のせい」という思考をやめる意味と効果

分かった!

人生は考え方次第。

個人の能力。才能といったものは確かに重要だが、それよりもっと、もっと、人生を決める上で大切なものがある。それが「思考」である。

優れた容姿のもとに生まれたとしても、悪い思考を持てばやがて、その容姿は考え方の如く陰が差し、醜く歪んでいく。

恵まれた環境の元で生まれたとしても、悪い思考を持てば、恵まれた環境それ自体が仇となり、不幸が押し寄せる。

大切なのは、どう考えるか?それが本質的に、あなたが歩む人生を決定する。「誤った生き方」をしたくないなら、あなたが人生をどのように考えるか?慎重に選ぶことをおすすめする。

「○○のせい」という思考をやめる

では具体的にどんな思考が問題なのか?ここでは一つだけ、重要度が高い悪い思考をご紹介する。

それは、「○○のせいで」と何かに原因を押し付ける考え方である。

自分の人生に問題が起こるのは○○のせい。仕事が上手くいかないのは○○のせい。結婚できないのは○○のせい。

本当の原因がどうなのかは別としても、この考え方はあなたに何一つ良いことをもたらさない。むしろ、「○○のせい」という考え方をしていることによって、更に悪いことを引き寄せるだろう。

問題の根っこは何かのせいにする思考そのもの!

先日、とあるウェブサイトを読んでいると「霊障」なる言葉があることを知った。

いわゆるスピリチャルな話で、「ほーん、そんな話題があるのか」と興味半分に記事を読んでいると、私たちは見えない何かによって、身体的なトラブルや精神面の不調といった問題が起こるらしい。

それで更に霊障について書かれているサイトを見たのだが、その「症状」を読み笑ってしまった。そこに書かれていることはすべて、普通の暮らしをしていても当てはまることばかりだったからである。

例えば、霊障を受けると対人トラブルが起こったり、肩こりになったりするらしい。でもそれは冷静に考えると、霊障なる「原因」がなくても、起こりうることである。

それで強く思うのは、そもそも自分の人生で問題が起こる原因を幽霊のせいにする発想それ自体が問題の原因となっている、という話である。

更に言うと、現実では幽霊よりもっともっと、怖い存在がいる。そう、生きている人間である。

「すべて私の責任です」と考える必要はない

話がそれたが、大切なのは、目の前の現実に不都合なことや、心楽しくないことが起こったとき、それを「○○のせいだ」と犯人探しする思考をやめることである。

ただし、「その原因は私です」と考える必要もない。もちろん、「確かにその原因は私です」と思い当たることがあれば素直に反省することは吉である。

しかし人生で起こること全てが自分の責任のはずはない。物事はそんなシンプルにできてはいない。自分のせいでなくても、問題は起こる。自分に原因がなかったとしても、理不尽なことは起こる。

そこで大切なのが「気づき」という視点である。今そこでその問題、症状が出たことは、自分にとってどんな意味を持っているか?大切なのは、その一点である。

まとめ

「○○のせいで私は不幸になりました」

別にそう思い続けたければそう思い続けるのは個人のチョイスである。

それで、人生が上手くいけばそれでいいかもしれないが、「○○のせいで」という被害者意識を持ち続けることで、更に「○○のせいで」という出来事を引き寄せる。

一方、「○○のせい」をやめ、それが起こった意味を考えるクセをつける。すると、「次はこうしよう」「ここを変えよう」というように、出来事に肯定的な意味を見つけることができる。

それはやがて心のクセとなり、人生で起こる様々な出来事を、自分の成長する気づきのチャンスに変えていくことができる。

最後に

なぜそれが起こるのか?

本当の理由は分からない。自分が悪いかもしれないし、誰かのせいかもしれない。でも大切なのは「○○のせい」と犯人を探すのではなく、それが起こった意味である。

人生で起こること、それは不思議なめぐり合わせである。あなたが出会う問題が、もしかしたらあなたが正しい方向へ進むきっかけを与えてくれるかもしれない。

あなたに訪れる不幸は、これから未来で幸福をつかむためのヒントかもしれない。「○○のせいで」という考え方をやめれば、「起こることに無意味なことはない」という事実に気づく。

大切なのは、考え方である。

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