「意識が高い」とディスられたあなたへ

意識が高い女性

世の中には「意識が高い」という言葉がある。

これは良い意味で使われているわけではなく、この言葉が使われる裏には、「あいつ、何調子こいてるの?」「勘違いしすぎだよね」的な、ネガティブなニュアンスが込められている。

だから、「あなたは意識が高いですね」と言われたときは、ほぼ99%の確率でディスられていると考えていい。

とういうのは実際、世の中には悪い意味ででしゃばってしまい、周囲から反感を買ってしまう「意識が高い」人がいて、彼らによって着実に、迷惑を被っている人がいるからだ。

具体例を云々することはしないが、人に自分の考え方を押し付けること。実力が伴っていないのに大口だけは叩くこと。人の価値観を否定すること。これらの「意識が高い」行為はやめた方が無難である。

意識が高い=今よりもっと良くなりたい

ただし意識が高いということは、そもそも悪いことではない。

なぜなら、意識が高いということはすなわち「現状をより良くしたい」という向上心を持っていることだからである。

それは今よりももっとより良くなりたい。成長したい。そんなポジティブな気持ちの現れに他ならない。この意味において、意識が高いことは、別に悪いことではない。

意識が高い系の代表としては、自己啓発する人が分かりやすいと思うが、彼らは現状に不満を感じている。今、何かが満足できない。だからそれを変えていきたい。自己啓発をする人は、そんな気持ちを持っている。

これはまさにもっとよく生きたいという意欲そのもの。向上心を持っているということだ。それ自体はとても素晴らしいことである。

この意味で確実に言えるのは、「意識が高い」ことをディスる人より、ディスられる人の方が将来において幸福な未来をつかむ可能性が高いことは確かである。

だから、現状を持ち、今、何かを変えていきたい。そんな意識の高さはとても素晴らしいことである。人からディスられようが、そんなことはどうでもいい。

今から何かを変えていきたい。その気持ち自体こそが、まさによりよい人生を送るためのエネルギーとなるのである。

「意識が高い人」をディスる人の正体とその末路

ちなみに「意識が高い人」をディスり続ける人の末路も、頭の片隅に入れておいて損はない。

まず実際の話として、「意識がどうたら」と他人をディスる人を見てみるといい。どんな人が向上心を持つ人に対して一方的な敵意や侮蔑の感情を向けているか?それをじっくり観察すると、すぐに気づくことがある。

それは、「意識が高い人」をディスり続ける人は、現状に不満を感じているにも関わらず、自分から何かを変えようと動くのではなく、ただ不平不満を口にしている類の人であることに気づく。

結論だけ言うと、彼らは自分は努力も何もしたくないが、向上心を持ち行動を起こしている人が妬ましい。その結果、「ディスり」という、誰にとっても何の生産性もない蛮行を繰り返すのである。

彼らは生涯、その境遇から抜け出すことはできないだろう。常に現状に不満を言い続け、頑張る人や向上心を持つ人に、妬みや敵意を向け続けるだけの一生を送ることになるだろう。

簡潔に言うなら、向上心や努力をバカにする人の末路は、悲惨の一言である。

なので、あなたが「意識を高く」向けているなら、この手の人々と関わる必要性や意味はまったくない。彼らの存在は認識せず、自分がすべきことを続けていけばいい。

10年後、それぞれの未来はもはや、劇的なほど差がついているだろう。そして、この手の類の人物とリアルで関わる機会は、なくなるだろう。

意識が高くてディスられる人にならないために

意識を高く持つことは向上心の表れである。なので、自分に対して意識の高さを要求することは何の問題もない。ただ、反省の余地があるならば、他人に対して、自分と同じ意識の高さを要求したときである。

たとえば、「私はこれだけ頑張っています。人は成長すべきなんです。だからあなたもこれから努力して変わるべきです!」というように、他人の価値観、成長速度に不必要に干渉することである。

人は人、それぞれの人生で学ぶべきことがある。そして、それぞれのペースで生きている。そこに自分の価値観を持って、良い悪い、あれこれ口をはさむのは宜しくない。

人によっては変わるべきときにいたとしても、またある人にとっては、変わらないことこそが、実は意味があることだったりする。

だから、状況をもっと良くしたい。現状を変えていきたい。そう思ったとしても、誰かを変えようとしてはダメである。それは意識が高いのではなく、無神経なだけである。

人には人の課題がある。そして、それを解決するためのペースがある。それを「あぁだ」「こうだ」と口を出すのは無粋である。

「意識が低い」状態だったとしても、それはもしかしたら本当に「意識が低い」のかどうかは分からない。つまり自分だけの了見で、物事の良し悪し、正しい間違っているを判断しないことである。

意識の高さは自分に向ける

結局のところ、どんなときも、より良く変わることを目指すのは自分の話である。

自分が変われば必然的に、付き合う人や人生のステージも変わる。つまり、わざわざ周囲を変えようとしなくても、自然と周囲が変わっていく。つまり、変わった自分に相応しい環境が自然に用意される。

だからこそ意識すべきは自分は自分で人は人。

あなたから見て、周りに対して、「もっとこうした方がいいよ」「その考え方はおかしいよ」ということがあるかもしれない。しかし、彼らがそう考えるには、彼らなりの必要性がある。

だから、人を変えようとしてはいけない。自分への意識は高くていい。より良く生きるために努力してもいい。ただ一つ、それを人に押し付けないことだ。

そのさえ守ることができれば、いくら人から「意識が高い」とディスられようとも、何ら恥じることはない。

あなたはただ、あなたの道を行けばいい。あなたが成すべきことをすればいい。そう、人にあれこれ干渉するヒマなど、一秒もないのだから。

最後に

あなたが「あいつは意識が高いぞ」とディスられたということは朗報である。

あなたは現状を変えようと向上心を持っていることが明らかだからである。更に付け加えるなら、人生で関わる必要がない、いや正確に言うと、関わってはいけない人も明らかになった。

他人の努力や向上心を馬鹿にする人々との関わりは百害あって一利なし。あなたはあなたの目指す場所を、淡々と目指せばいい。その向上心は、時間をかけて着実に、あなたの人生を変えていくことだろう。

ただし一点、人にはそれぞれの成長ペースがあることも忘れてはいけない。意識の高さは自分に向け、人に向けてはいけない。周りの人を変えようとしてもいけない。

あなたが意識を高く持ち、前へ進み続けていれば、やがて関わる人も変わってくる。環境も変わってくる。いや、変わらざるをえない。それが自然な流れである。

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