この人はなんとなく怪しい。その違和感は99%正しい話

スキンヘッド

あなたにはこんな経験がないだろうか?

世の中である人と出会う。一応、身なり、肩書はちゃんとしていて、信頼できそうな人のように見える。

しかし。

自分の心がなんとなくしっくりこない。理由は分からないが違和感を感じて、警戒心を解くことができない。

そしてその後。その人がとんでもなく問題がある人だったことが判明。関わらなくてめでたしめでたし。

「自分が感じたあのときの違和感は間違っていなかった」

そんな胸をなでおろす経験を。

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「おかしい何か」を察知する感覚

何かがおかしい。ヘン。しっくりこない。この違和感は理屈では説明できない。

しかしそれがそこにあるということそれ自体、とても大切なことである。

なぜなら、自分が感じている違和感はある意味、自分にとっての危険を教えてくれる、重要なサインである。

「この人にはなんとなく違和感がある・・・」

と感じたとき、その声を無視せずに大切にして、その人を注視していれば後日。違和感の原因が分かり、実害を被る危険を避けることができる。

しかし、自分が感じた違和感を無視してしまえば後日。人を見る目を見誤った代償を、支払うハメになる。

なんとなく信用できない人の正体

例えば私自身、こんな経験をしたことがある。

ある仕事の勉強会で非常に感じが良さそうな40代前半の男性と出会った。非常に爽やかで、会社を経営。収入も良いらしく、「人生で成功している」雰囲気を醸し出していた。

その人の成功話を聞いて「すげぇ!」と驚く一方で、なんとなく、お腹のあたりがギュッとして、安心できないというか、うっすらとした違和感を感じた。

それで結局その人は正体はどうだったか。詳細は省略するが、簡潔に言うといわゆるマルチ勧誘マンだった。

「自分はこんなにうまくいっています。だからあなたも私のビジネス(マルチ)に参加しなさい」

その手の人である。

幸い実害はなかったが、勧誘にうんざり。完全ガン無視していても頻繁に電話がかかってくる無神経さには大いに閉口させられた。

この経験から、自分の心が「何かヘンだ」と感じた違和感。その感覚を無視してはいけないことを、実感した経験だった。

全ての出会いを歓迎できない

この意味で、「感覚」という漠然としているが、たしかに感じることができるものは、人付き合いにおいてとても重要なものである。

自分の感覚を信じて違和感を感じたとき。その人は何らかの危険がある人物である可能性がある。

別に露骨に敵愾心を示す必要はないが、警戒心を持って、その人物の真贋を確かめる必要がある。

なぜなら、世の中には右手で握手をしようとして左手で殴りかかってくる人がいる。

つまるところ、出会う人全てが自分にとって安心できる人ではない、という話である。

もちろん、出会う人に警戒心ばかり持っては、大切な出会いのチャンスをなくしてしまうかもしれない。

ただ出会いには良い出会いと悪い出会いあり。自分が「ヘンだ」と感じた出会いには、それなりの理由があるのである。

まとめ

ということで大切なことはいつもシンプル。

「この人はヘンだ」「なんとなくしっくりこない」「違和感がある」

そんな自分の感覚を無視しないほうがいい。

それは理屈では説明できないかもしれない。逆に、目の前には、肩書や見た目などで、「信頼できる」要素が見つかるかもしれない。

にもかかわらず、違和感を拭い去れない。そこには自分が知らない何か、別の理由があることだけは確かである。

つまるところ、用心するに越したことはない、という話である。