「人生これでいいのか?」という悩む意味と価値

空を見上げる

人生ふと、

「俺の人生は何なんだろう?これからどうなるのだろう?今のままでいいのだろうか?今のこの暮らしがこのまま続いていいのだろうか?他の可能性はないだろうか?」

そんな疑問が頭によぎるときがある。

それはたとえば人生先行きが不安なときだったり、仕事など、何か悩みがあるときだったりする。

それはある意味健全なことで、現状をより良いものに変えていこうとする、人の意志の力の発動なのだと思う。

しかし、「人生、これでいいのか?」と悩むときは、何も逆境のときだけではない。

人生安泰、満足しているときでも、ふと「これでいいのか・・・」と頭に過るときがある。今の暮らしに満足している。にも関わらず「このままではいいのか」と考えてしまう。

この記事では、その不思議を考えてみたい。

スポンサーリンク

人生がマシになっても「これでいいのか」という疑問は消えない

正直に告白すると、私が20代の頃、いわゆる人生のどん底を経験した。

就職失敗を機に何もかもが上手くいかなくなった。金もなく、その頃はいつも、「人生こんなはずでは・・・」と悩んでいた。

結局20代の頃はほとんどが失敗続きだったが、30代になって、なぜか人生がよくなりだした。

仕事、収入、ライフスタイル、20代のどん底の頃には想像できなかったくらい、良い生活がやってきた。

お金は自由に使える。マイホームとか高級な車とか、そういうものはのぞいて、たいていのものは自由に買えるようになった。

独身なので遊びにも制限がない。そこで独身の特権を活かして、自由にお金を使い、したいことをして、いろいろここでは書けない美味しく楽しい思いもした。

そんな無責任で享楽的な暮らしを2年くらい続けていたら、何だか物足りない、虚しい気持ちになってきた。

「こんな暮らしがしたい」と希望した生活がほぼ実現したのにも関わらず、「人生、これでいいのか?」というあの悩みが、再び頭をよぎるようになった

これは全く不思議なことだった。

人生はいつまでも安心できない!

仕事にも満足している。収入も不満を感じるほどではない。お金もある程度自由に使うことができる。なのでしたいことは大体できる。

でも、そんな暮らしも飽きてくる。物足りなくなってくる。「これでいいのか?」と感じだす。

20代の貧乏の金なし希望なし状態(まぁ「いつか自分の人生はマシになる」と信じていたが)のときと同じ、何かが満足できない感覚がやってきた。

すると改めて、人生とは何ぞや、自分の人生には何の意味があるのかと、そんな疑問が頭から離れなくなった。

これは一体どういうことなのか?

このブログを立ち上げたのも、この疑問を解決することが目的で、「人生について何らかの納得できる答えを見つけたい!」というのがブログを更新する動機となっている。

今の状況は、20代の頃よりはるかにマシである。でも、時折、「このままでいいのか?」という問いが頭をよぎる。

どうやら人生は、いつまでたっても「これでいいのだ」と100%安心できる境遇に達するのは難しいようだ。

「○○さえあれば」を解決しても問題の本質は変わらない?

20代の頃は、仕事さえ上手くいけば、お金があれば、もっと自分の人生はマシになると思っていた。

そして30代になって、仕事が上手くいってお金にも余裕が出てきて確かに人生はマシになった。でも、それによって「俺の人生はこれでいいんだ!」とはならなかった。

もしかしたら、人生、自分一人を満たそうとしても、結局不十分なのかもしれない。だから結婚して子どもを作るとか、別の「生きる理由」を探す必要があるのかもしれない。

「人生これでいいのか?」と悩んだら何か目標を作ってそれを頑張る。実現したらまた新しい目標を。

確かに、目標とか、そういうものを追っているときは楽しいと言えば楽しい。希望が持てる。

でもどうなんだろうか。

そもそも、人生は何を得ようと、何を成し遂げようと、いつまでも満足できないものなのかもしれないとも思う。となると、人生とは一体なんぞや。

人生はそもそも満たされない」と考えると

多分、「人生これでいいのか?」と悩む根元に、「今の人生=良くないもの」という認識があるのは確かだと思う。

だから、これでいいのか(=変わらないと)と悩むのだと思う。

それによって、現状を変えようと行動を起こし、変化し、実際に人生を変えていくことができる(不満→行動→人生が変化する)。

となると、結局人生は変化の連続で、いつまでも、変わり続ける必要があるのかもしれない。

現状に悩んで変化を起こす。そして人生が変わる。しかしそこでまた現状に安住できなくなる。そしてまた変化を起こす。

そうやって変わっていくのが人生だとしたら、そもそも人生、安心できるときはやってこないのかも。

そう考えると、人生で安心しよう、満足しようという考えは、間違っているのかもしれない。生きている限りは、そういうものなのかもしれない。

最後に

現在、あくまで仮定の答えであるがおそらく人生は、「これでいいのだろうか?」と悩むことそれ自体に意味があるのだと思う。

悩めば自分の意識が変わり、目の前で見えている光景が変わっていく。それは、「これでいいのだろうか?」という疑問から発せられる、探究心によるものである。

だから、人生の意味について、答えそのものを見つけるというよりもむしろ、その疑問に悩むことそれ自体が、実は意味があることだと感じている。

答えとしては非常にあいまいで「ピン!」と来ないかもしれないが、できる限りシンプルに言いたいことを言うとこういうことになる。

人生はいつまでも悩むもの。だから「これでいいのだろうか?」と悩むことそれ自体、人生がある意味正常に進んでいる証拠である。

悩みつつ、目の前の現実を一歩一歩、真剣に生きていけばいい。つまるところ、それが一番大切なのだ。きっと。

あわせて読みたい

「人生は螺旋階段」という例えの意味

夢を追う意味。それは自分の魂との約束を果たすこと

本当の意味で人生を好転させるために今すぐやめたい3つのDワード