人生なんて、カードを配られたあとに始まるゲームのようなもの。しかも生まれた時点で全額強制BET状態だ。
カードゲームと同じで最初から手札が強い人もいれば、そうじゃない人もいる。不公平は当たり前だ。
だからといって、「こんなのオカシイ!」と文句を言っても変わらない。
人生もトランプと一緒で、状況を少しでも好転させるには、今ある手札でどうにかするしかない。
人生はカードゲームよりはるかに長い。いくらでもひっくり返すチャンスはある。
Testosterone
率直に言って、人生はとても不公平である。
ある者は恵まれた家庭に育ち、良い教育を受け、20歳になったら親からロレックスをプレゼントされ、高級車を乗り回す。
社会に出てからはコネクションで社会の上層にたどり着き、美味しい汁を吸い尽くす。
そんな、超イージーモードの人生を謳歌する人がいる一方、生まれた瞬間から人生が超ハードモード。
不公平極まりない状況で、強制的に人生をスタートさせられる人もいる。
その具体的な状況についてあれこれ云々はしないが、ここで言えるのはただ1つ。
人生はとても不公平であること。そして、生まれた瞬間から、絶対的な格差が存在する、という話である。
この事実について、きれいごとを語っても仕方ない。不公平な格差は存在する。その現実を認識しなければ、決して前に進むことはない。
とはいえ、不公平は悪である。必ずしもそう言いきれない現実があるのもまた、確かだ。
つまり、マイナスがあれば絶対に、それ相応のプラスがある。不公平は必ずしも損なことではない、という話だ。
なぜ自分が不公平な境遇にいるのか、理由をいちいち知る必要はない。大切なのは、今自分がいるその状況で、最善を尽くしていくことだ。
そうすれば、なぜ自分が不公平な境遇で割りを食わなければならなかった。
その理由が分かる。そして、マイナスが必ずしもマイナスでないこと。その事実に気づくことができる。
だからこそ大切なのは、今、自分が与えられている環境で、最善を尽くすことである。
目の前にある不公平な現実にただ文句を言っているだけでは、問題は何も解決しない。マイナスはマイナスのままである。
しかし。
状況を好転させようと努力し続ける。その過程において、実は最初から与えられていたマイナスが、マイナスではなかったことに気がつく。
むしろ、マイナスだったからこそ、素晴らしいプラスが手に入る。そのことに気づく。だから人生は面白い。
人生は不公平かもしれないが、だからこそ意味がある。そのことに気づいたとき、もう人生、何があっても大丈夫だ。
マイナスを乗り越え必要なものを手に入れて、前に進んでいけるだろう。
出典
『筋トレは必ず人生を成功に導く 運命すらも捻じ曲げるマッチョ社長の筋肉哲学』(PHP研究所、2018年)