【上昇志向】「上」を目指す生き方の良いところ悪いところ

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野心家の青年

世の中でほんのわずかの人しか手に入らないものを手に入れることができる人生。みんながうらやみ、憧れる人生。

上を目指す競争を勝ち抜いた人が得られるものとは?

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世の中の上位5%を目指す生き方

私達が生きている世界は競争社会だ。

みんな、人よりも「良い」ものを得るために、学歴競争、モテ競争、就職競争、様々なレースに参加する。中には、人一倍競争心が強くて、上を目指すことが人生の至上命題だと考えている人もいる。

例えば私が知っているとある女性。

彼女の夫はいわゆる旧帝国大学を卒業、有名企業に入社、高い年収を稼いでいる。彼女自身、難関高校を卒業。その後名門音大を卒業。とても知的なタイプの女性である。

彼女には2人の子供(1男1女)がいる。2人の子供を中学受験させ、2人とも地元の名門私立中高と通わせ、大学も法律科で有名な東京の某大学、卒業後は関西の名門国立大学の法科大学院に通った。

高収入に社会的な地位を得て、華やかな世界、日の当たる場所で、周囲の尊敬を浴びて生きている。

身につけるものは高価なブランド品。車、家も「いくらお金をかけているのだ?」と思えるような豪華な仕様。まさしく、現代の成功した上昇志向の人々の典型だ。

様々な競争に勝ち抜くことで、金持ちになって、社会的に評判の高い地位につき、子供も名門大学に通い、まさしく「上」の暮らしを体現している。

日の当たるところの影で

しかし、傍から見れば、絵に書いたような上流の生活だが、その生活を得るために、どのくらいの努力をしたのか、どの程度の犠牲を払ったのか、本人以外は知るよしもない。

競争に常に勝ち抜けるとも限らないし、強すぎる競争心は、どこかで歪みをもたらすもの。

きっと欲しいものを手に入れるために、表からは見えない部分で、いろんな犠牲を払っていることだろう。

彼女の娘は、小学生の頃から陰湿なイジメを行い、人々の恨みを買っている。そのため、本当の意味で親しい友人はいない。

中・高・大と名門を歩んできた子供2人とも、ロースクールで上手くいかなかったようで、その後の音沙汰がない。

自分で努力して上を目指すことはできても、努力だけでは思い通りにならないものもあるようだ。

得るものと失うもの

上を目指し、その戦略が上手くいっている限りは、周りより良いものが手に入り、チヤホヤされ、良い気分になれるかもしれない。しかし、その代償も確かにある。

上昇志向とは、すなわち誰かが作った基準(価値観)に全面的に依存する生き方だ。

お金、名誉、ブランドetc・・・。

そこに、自分の価値観が入ることなく、周りからどう思われているか、社会からどう評価されているか、それを第一に生きていく生き方だ。そのため、価値観も考え方も貧困になりがちなのが欠点だ。

頭の中は過度の一般化した概念が支配し、様々な世の中の事象を考えることができない。黒と白、物事が単純化され、「良い」もの以外は、全て価値の無いものとして、処理されてしまう。

上へ上へと目指し、足元を見ない生き方は非情に危ういもの。問題はここになる。

「上を目指していて、自分が蹴落とされたときにどうするか?」

上昇志向の人は、挫折と不遇に弱い。

不確実性が支配するこの世の中、誰もが勝ち続けることはできない。競争が行われる以上、誰かが勝利し、誰かが敗北するのだ

上を目指す生き方を通じて、自己啓発など、新しい自分を見出すこともあるかもしれない。

ただ、そこに潜む落とし穴に気がつかないかぎりは、目の前にエサをぶら下げられ走り続ける馬のように、永遠に休めるときはこないかもしれない。

だからといって、上を目指す生き方が間違いなのか。それは単純にそうとは言えない話である。

上を目指すからこそ気づけることがある。そして上に近づけば近づくほど、実際に美味しい思いができるのも事実である。

大切なのは、その功罪両面を覚悟し引き受けた上で、自分自身がどこを目指すのか、ということである。

今、世の中には様々なチョイスがある。そして私たちは、そこから自分にとってベストのチョイスを選ぶことができる。

パワハラ上司に罵倒され、年々給与をカットされ続ける生き方を選ぶこともできるし、一念発起して最高の人生を目指すこともできる。

生きている限り、チョイスはすでに、用意されている。あなたは、どんな人生を生きたいだろうか?

それが最大の問題である。

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