幸せの大敵。それこそが「欠乏感」

人生を見つめ直す男

私たちが人生で犯すあやまりの一つは、今自分が手にしているものを軽視して、今自分が手に入れていないものを、過大に評価することである。

そして、「◯◯さえ手に入れば、私はもっと幸せになれる」と盲目的に信じていることである。

ところが実際は、「◯◯」を手に入れたところで、期待している幸せは手に入らない。むしろ、別の何かが欲しくなるだけ。

心は何一つ、満たされない。

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自分に自分でOKを出せなければ、何を手に入れても自信が持てない

例えばここにこんな男がいる。

男は「モテたい!」と強烈に願っており、自分に彼女がいないことに、ずっと劣等感を感じていた。

そして、

「自分は彼女さえいればもっと自分に自信が持てる」

と信じていた。

ところが。つい男に彼女ができたとき、ほんのわずかの間だけ、男は満足感を感じた。

しかしすぐに気がついた。彼女がいようがいまいが、自分の価値とは何も関係がないことに。そう、男は彼女ができても自分に満足できなかった。

なぜか。それは完全に、心の持ちようの問題だからである。心がからっぽであるならば、今ありのままの自分自身の大切さを理解しなければ。

大切なのは「今」自分が持っているものの大切さに気づくこと

何を手に入れても同じことである。「◯◯さえ手に入れば幸せになれる」の幻想にとらわれ続けるだけだ。

そして、目の前に人参をぶら下げられて、それをおいかけるうさぎのように、ずっと、何かを探し続ける。

満たされない心を満たそうとして。

それには決して終わりがない。自分が「もっているもの」ではなく、「もっていない」ものに意識を向けている限り、満たされない気持ちは延々と続く。

ここから抜け出す手段は一つだけだ。すなわち自分の意識を変えていくこと。

自分が持っていないもの。欠けているもの。そういうものに意識を向けるのではなく、今自分が持っているものに意識を向けていく。

変化を起こすことが大切だ。それは思考のクセと言ってもいい。

欠乏感が不幸の原因

長年ずっと、ないものに意識を向けているのを、持っているものに意識を向けるのは努力が必要だ。

それはかんたんなことではない。

意識はすぐに、元のクセに戻ろうとする。欠けているものに意識が戻ろうとする。しかしそれを続けているかぎりは、人生は変わらない。

つねに、「◯◯さえあれば幸せになれる」という幻想にとらわれて、何かに追い回される人生が続いていく。

しかし、そこから一歩抜け出して、「◯◯がなくても自分は幸せになれる」ということに気がつけば、人生は何もかもが変わる。

自分と他人を比べる必要はない。お金持ちになる必要もない。つまり、「◯◯がある自分は幸せである」という、一切の証明が不要となる。

つまり自分はただここにいるだけで十分である。この境地こそが、幸せの本質だ。それは、何かを手に入れることで得られるものではない。

意識の向け方こそ、重要なのだ。

あなたが、何かを手に入れるために頑張り続けているにも関わらず、幸せを実感できない。「自分の人生はこれでいい」という安心感を得られない。

もしそうなら、これから先、人生で何を手に入れても同じことである。欠乏感を抱えて何かを手に入れ続ける限り、幸せは遠のいていく。

最後に

何かが足りない。だから手に入れる。

もし、あなたが欠乏意識によって何かを手に入れようと追い立てられる自分に気がついたら、ぜひ、深呼吸して、自分自身にこう聞いてみて欲しい。

「◯◯がない自分は、本当に不幸なのか?」と。

そして、今あなたが持っているもの。すでに手に入れているものに意識を向けてみよう。

そうすれば、あなたは他の誰かと比べる必要なく、自分がすでに持っているものの大切さを感じることができる。

その感覚が重要なのだ。それこそが、幸せのカギと言ってもいい。つまり、幸せとは承認だ。「十分である」という感覚だ。

それに気がつけば、「◯◯さえあれば幸せになれる」の呪縛からは自由になれる。その先にこそ、本当の幸せが待っているのだ。

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