人生必ず幸せになれる道はない。幸せになるより大切なのはむしろ

魅惑的な美女

こうすれば幸せになれる、というモデルは存在しないし、昔も存在しなかった。

誰もが求めているのは、必ず幸福になれるというモデルではなく、こういう風に生きたほうが不幸になるリスクが少ない、というモデルなのだと思う。

村上龍

しっかり勉強して良い大学に入って良い会社に就職する。

そんな生き方が当たり前のモデルだった時代があった。それはいわば、「確率的に不幸になる可能性が低い」人生のモデルであった。

日本が右肩上がり、皆同じように頑張って未来を見て生きていた時代、良い会社に勤めれば待遇が良いし、長く会社に勤めれば勤めるほど、奉公の甲斐があった。

だから、その時代では、勉強して良い会社を目指すことは、とても理にかなった生き方だったのだと思う。

「勝ち組」人生は本当に幸せなのか?

ところがである。

時代は変わり、終身雇用も崩壊、大企業が不正で問題になるような今、必ずしも勉強して良い大学へ入り良い会社へ就職することが、不幸になる確率が低い人生モデルではなくなった。

良い思いができる、少なくとも不幸にならない確率が高い人生モデル。程度の差はあれど、どんな生き方を選んでも、最後の最後はどうなるか分からない。

それだったら、自分の思う通り、思う存分に生きた方がいいのではないか。最後には、幸せになれるのではないか。そんなことを思う。

基軸は「自分」

いくら世間的に得をしようが、卑怯なこと。せこいことをしていては幸せは遠のくばかり。

だから、自分の心に正直になる。自分に恥じない生き方をする。それが最終的には、不幸になる確率が低い生き方なのである。

つまるところ大切なのは自分で決めること。人様がどうだ。それは横においておく。そして、「この生き方、この暮らしが私です」というモデルを自分自身で見出す。

これが今、問われている本質である。

出典

『恋愛格差』(幻冬舎文庫、2004年)