人生は「してきたこと」の積み重ね。悪行は埋め込まれた地雷となる

黒い背景と女性

人生いつか必ず、それも思いもよらぬタイミングで、「自分がしてきたこと」の責任を取らされる。

表面的には華やかな人生を歩んでいたとしても、その裏で消し去ることのできない悪行を行ってきた人は必ず、「巻いた種を刈り取る」ことになる。

誰であろうと「自分がしてきたこと」から逃げることはできない。だからこそ責任を持ちたい。自分自身の行動に。

はじめに

「因果応報」という言葉がある。

良いことをすれば良いことが、悪いことをすれば悪いことが自分に返ってくるという仏教の教えだが、物事を筋立てて考える「科学的」な態度の人からすれば、ただの戯言にしか聞こえないかもしれない。

世の中の表面をさっと見回せば、悪いことをしている(と思える)人が繁栄していることもあれば、良い行いを積み重ねている(と思える)人が不幸な人生を歩んでいる姿が見える。

すると、「因果応報なんてないんだよ」と考えるのが論理的なのかもしれない。

悪行は埋め込まれた地雷となる

ところが、である。

表面で見えている姿と、実際の姿は往々にして違うことが多いものである。そして、自分が過去に巻いた種は、「いつ」「どんな形」で芽が出るか、分からない。

ただ一つ決定的に言えることは、「いつ」その「報い」はやって来るかは分からないが、必ずそれはやって来るということである。

日夜悪行を積み重ねていれば必ず、自分に埋め込まれた地雷となる。そしてそれは、思いもよらぬタイミングで爆発するのである。

人生は「してきたこと」の積み重ね

人生は「してきたこと」の積み重ね。いつかやがて、自分がしてきたことに、けじめをつけなければいけない時がやって来るのである。

人に恨まれること、憎まれることをしていればその未来は明白である。表面上は何も起こっていないように見えるかもしれない。でもそれは「今」起こっていないだけで、それが起こる「時」を待っているだけかもしれない。

そのときは誰も助けてはくれない。金持ちだろうと権力者だろうと人気者だろうと、してきたことの「責任」を取るときは、自分で全てを背負うことになる。

あえてここで具体例は挙げないが、あなたが「長い目」で物事を見ようとするならば。埋め込まれた地雷は「最もベストなタイミング」で爆発することを、目の当たりにするだろう。

だから、まっとうに生きる。

「因果応報」のルールに基づき意識したいのは、日々自分の行動によって「負」を生み出さないことである。

誰かを傷つけ苦しめる「負」を重ねていけば、それはやがて自分へと戻ってくる。だから人の悪口を言う人は自分が放った毒によってやがて自滅する。他人を蹴落とし続ける人はやがて、誰かに蹴落とされる。

だからこそ改めて思う。お天道様に恥じない「後ろめたいことがない人生」を歩もう、と。これは綺麗事ではない。自分の人生の「質」を全うに担当するための、現実的な処世訓である。

最後に

自分で巻いた種はやがて自分で刈り取ることになる。なぜなら過去の延長線上に現在があり、自分が過去にしてきたことからは決して逃れられないからである。

人生は積み重ね。後ろめたい行動は後ろめたい過去となり、その埋め込まれた地雷は爆発する「ベストタイミング」を待っている。

自分がしてきたことの責任は、結局自分で取るしかない。だからこそ強く責任を持ちたい。「今」現在、そして「これから」の自分自身の行動に対して。

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