人生する必要がない苦労はしなくていい。なぜなら

もっと楽に生きようぞ

「しなくて良いはずの苦労をしていると、性格が歪む」

人生いろいろ経験してきたが、このことだけは真実だと断言できる。

一般的には、人生で様々な苦労をしてきた人は、苦労してきたからこそ人格が磨かれ、人に優しくなると考えられている。

ところが現実問題、人生で苦労した人ほど自己中心的になり、人に対して冷たくなる。

そして、「自分がこれだけ苦労しているのに、あの人が幸せだなんて許せない。自分の苦しみを人に味あわせたい」と周りに害を与える人になってしまうことも珍しくない。

つまり、人生で苦労を重ねた人ほど悲しいことに、嫌な人になったり、人を傷つける人になってしまうケースがあまりに多いのである。

「良い人」ほど苦労していない現実

逆に、「この人は人格的になんて素晴らしい人なんだろう!なんていい人なんだろう!」という人ほど、恵まれた人生を送っており、苦労や悲しみとは無縁の人生を送ってきた人であることが多いのはなんと皮肉なことか。

もしあなたの身近に人間的に優れた、誰に対しても親切で寛容な人がいたら、ぜひその人のバックグラウンドを調べてみてほしい。

多少の例外はあるが、確率論的に見ると、「こんな環境で育ったから、こんな性格の良い人になったんだろうな・・・」と納得できる証拠が見つかることだろう。

この意味で、個人的にはずっと、「人生は苦労した方が良い。苦労で人格が磨かれ、人に優しくできるから」という話は、ウソ以外の何物でもないことを実感している。

早い話、無駄な苦労をせず人生順風満帆に生きてきた人はおおらかで良い人が多い。そして、人生で苦労ばかりしてきた人はいじわるで攻撃的な嫌な人である場合が多いのである。

不幸が不幸を呼ぶ本当の理由

なぜそのようなことになってしまうのか?その理由はシンプルだ。

人は自分だけ損をすることが許せない。だから、人生で理不尽な目に遭った人ほど、その理不尽さを他の誰かにも味あわせたい生き物だ。

正確に言うと、自分だけが不幸な目に遭うのが許せない。だから、自分が味わった苦しみを、他の誰かにも、味あわせたくなる。これが綺麗事抜きの人間心理である。

いじめっ子にしろパワハラ上司にしろ犯罪者にしろ、「他人に害をなす人」で幸せな人は誰一人いない。

彼らの背景を聞くと、「だからこんなにも人として歪んでしまったんだな」と納得できる環境が多いのはそのためだ。

だから苦労なんて、本当にその苦労をする必要がないならば、無理に苦労する必要などないのである。むしろ苦労することそのものを、人生から完全放棄していてもいいくらいだ(実際にそれは不可能だけれども)。

だから苦労はしない方がいい

つまるところ、「こいつは嫌なヤツだ」と思ってしまう人間は、人知れず人生で理不尽な苦労を味わい、その苦労によって人格が歪んでいる。

一方、人生で苦労少なく幸せに生きてきた人は、考え方も余裕があるし、人に対して鷹揚だ。付き合ってみると、本当に良い人だと実感する。

このような現実の事例を考えると、苦労は人を磨くというより、歪めてしまう可能性の方がずっと高いと考えるのが自然である。

もちろん、全ての苦労が無駄と言うつもりは毛頭ない。どんな人生を送ろうが、どこかで必ず苦労はすることになる。それは避けられない。そして、適切な苦労によって人間性が磨かれる現実は実際にある。

しかし結局は程度の問題である。自分のキャパを完全に超えているような、必要以上の苦労は絶対にするべきではない。とくにそれが人格を歪ませるような苦労であるなら、なおさら避けるべきである。

苦労するより楽に生きる

苦労は劇薬である。人格を磨くどころか人としての温かい何かを破壊してしまう。そして、人を思いやるどこか人に苦しみを与える危険人物に変えてしまう。

だから最低限の苦労は仕方ないが、する必要がない苦労を、自分から買う必要はない。「これはやばいな・・・」と思ったら、あなたは秒速でそこから逃げ出す権利がある。苦労を拒否する権利がある。

長い人生いろいろあるかもしれない。しかし、何に苦労して何に苦労しないか、それくらいは自分自身で選びたい。「これは無理だ。受け入れられない」と思ったことは、断固拒否していいのである。

何が自分のためになって、何が自分のためにならないか。それだけは人生どんなときも、絶対忘れないようにしたい最優先事項である。つまるところ、人生もっと、楽に生きていいのである。

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