プライドが高すぎるマイナスをプラスに変える方法

私が一番キレイ

私は高校のときのみならず、中学のときから、いや生まれたときから東大に行くように言われていた。

そして、それを当然の義務のように自分に言い聞かせてきた。

思えば、残酷なことであり、一種の「虐待」である。しかし、それも自分が選んだことなのだ。

なぜ、自分はこうなのか?こうした誇大した虚栄心さえ捨て去ればどんなに人生は生きやすいことであろう?

それはわかっていた。だが、どうしてもそれができないこともわかっていた。

中島義道

「○○大を出たのだから、上場している一流企業に勤めるのが相応しい」

「我が家の家系は由緒正しい、だから付き合う人もそれなりの家系の人だ」

「結婚するからには年収○○○万円の人でなければ、私とは釣り合わない」

世の中には、こんな虚栄心を持っている人がいる。

見栄や虚栄で自分を飾ることは良い面もある。「自分はこれが相応しい」というプライドを持つからこそ、人は自分を磨いてこそそれ相応の自分を目指すことができる。

この意味で、プライドを持つことは必ずしも、悪いことばかりではない。

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問題なのは実力とプライドの著しい乖離

しかし問題なのは、虚栄心だけが異様に高く、それが現実とひどく乖離している場合だ。

見栄っ張りでプライドは高いのに仕事ができない。

多分、そういう人は心のどこかでそのことに気がついてるのかもしれない。しかし、ダメな自分、理想とは違う自分を受け入れたくないのだ。

だから、態度も傲慢で人当たりが悪くなり、周りの人からの評判もすこぶる悪い。虚栄心が人生を窮屈にしてしまうのだ

プライドさえ捨てれば人生はもっと楽に生きれるのに、それがなかなかできない。特に、それが1円にもならない下らない虚栄心ならなおさらだ。

プライドがあるなら実力も磨く

自分に期待をかけまくって、こうあるべき自分を見つけようとする。

それが上手くいけばいいが、場合によっては、自分に期待しない方が、幸せに生きることもできる。

あるべき自分、プライド、そんなものから自由になれば、もっとマシで肩がこらない生き方ができる。

しかし、それができないなら。捨てられないプライドがあるのなら。それに見合う実力を手に入れて、結果を出せばそれでいい。

自分にはプライドがある。それなら、いちいちそれを口に出す必要はない。今すぐそれを証明する結果を提示すればいい。

マイナスをプラスに変える

現実問題、プライドだけが高い人は扱いに困る地雷マンである。

しかし、プライドが高く、実力もある人であれば、周囲は決して軽視しない。むしろ、丁重に扱ってくれる。

この意味でプライドを持つことは別に間違いではない。大切なのはプライドの高さを自分を本当に高める原動力にすることである。

そうすれば「偉そうな人」から「すごい人」になり、本当の意味で自分のプライドを満たすことができる。目指すべきはここである。

自分はプライドが高い。しかし実は、それに見合う実力がない。それならそこから努力すればいい。プライドに見合う自分になればいい。

ただ、それだけの話なのだ。

出典

『東大助手物語』(新潮社、2014年)

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