顔は生き様の証明書。

ふざけた男

男は40歳を越えたら自分の顔に責任をもたなければいけない。

リンカーン

「人は見た目が9割」という話があるが、これは一見荒唐無稽のように思えて、実はかなり的を得ている話だと思う。

というのは、外見というのはその人の感性、思考、考え方、生き方の現れである。

したがって外見を見れば、その人がどのような人物なのか、ある程度は想像ができる。

つまり話はこういうこと

まじめで誠実、折り目正しい人は、やはりそういう顔をしていて、服装も振る舞いも丁寧だろう。

一方、悪行を重ね逮捕される悪人は「いかにも」というイデタチをしている。

もちろん、例外もあるだろうが、傾向として、顔を見れば、その人の近づいていいのか、もしくは近づいてはダメなのかを判断することができる。

いずれにせよ論より証拠。

あなたがネットで犯罪者の顔写真を画像検索すれば、問答無用で、ヤバイ人はヤバイ顔をしていることが実感できるはずである。

そう、善人は善人。悪人は悪人。そういう顔をしているのは一目瞭然である。

自分の人相をチェックして自分の生き方を見つめ直す

顔はその生き様によって、徐々に形作られるものだ。そう簡単にウソをつくことはできない。

恥ずかしい生き方をしていれば、自分の顔に誇りが持てなくなってしまうが、人として真っ直ぐに堂々と生きていれば、それなりに良い顔になる。

だからもし、自分の人相がよろしくない状態であるならば、それを変えていく必要がある。

自分の生き方。普段の振る舞いを反省。改められるところは今すぐ改める。すると驚くほどかんたんに、自分の表情が輝いていることに気づく。

それは決して綺麗事ではない。

なぜなら顔は自分の人生の履歴書。表面をいくら取り繕っても、良い生き方をすれば表情は輝くし、悪い生き方をしていれば、自然表情も、悪に染まっていく。

ということで、目指せいい顔。いい人生。顔も人生も、最高のものにしよう。それが「自分の人生に責任を持つ」ということなのだから。

出典

アメリカ大統領リンカーンの名言より。