男は本来寂しい生き物。結婚しても独身でも、孤独で寂しいのは皆同じ

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単独者となった男

このオレに あたたかいのは 便座だけ

サラリーマン川柳

人生、一人孤独に生きていくことは辛く、寂しい。

しかし、それよりもっと辛く寂しいのは、誰かと一緒に暮らしていても、自分の存在が「いてもいなくても同じ」ような扱いを受けることである。

それは、一人で生きていくよりも、ずっとずっと、辛いことである。むしろ、一人で生きていくほうが、ずっと楽で、幸せなのかもしれない。

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家族の中で孤立する夫

例えば結婚して家庭を持つ40代のこんな男の話。

男には妻もいるし子どももいる。普通の家庭を築き、家もローンで持ち家を入手。一見不幸には思えない、幸せな家庭を築いているように見える。

しかし、男が家に帰れば、そこに温かいご飯は待っていない。

妻は男のことなど興味なし。家事に育児、そして趣味に忙しく、男のことは自分でやってという。

だから男は夜はできあいの惣菜をおかずに、白米を一人で食べる。もちろん風呂も自分でやるし、シャツのアイロンがけも自分でやる。

それだけならまだいい。もっと辛いのは、子どもは男のことを時々家に帰ってくる「おじさん」だと思っていることだ。

自分の子どもなのによそよそしい。なついてくれず、いつも距離を感じる。そのくせ、何かが欲しいときだけスリ寄ってくる。

それでも男はここで自分の「甲斐性」を示すことに、喜びと誇りを感じている。

男は本来孤独である

この男の話はあくまで一例だが、日本全国、この男に近い存在と近い人はたくさんいる。

その証拠に、仕事が終わっても家に帰りたくない男がそこらかしこ。ブッ○オフや漫画喫茶。一人居酒屋。いたるところで見つけることができる。

男は自分の帰る場所さえあれば、仕事が終われば真っ先にそこに帰っていく。

しかし、帰っても自分の居場所は家にない。自分がそこにいる意味がない。心安らげず安心感を感じることができない。

そんな、誰かといるのに感じる孤独は、一人でいる孤独よりも、遥かに耐え難い孤独である。

誰一人、仕事で頑張っている自分の存在を大切にしてくれない。ただ、自分のことをお金を家に持ち運ぶだけの人だと思っている。

だからこそ、男には必要なのだ。自分が孤独に耐える意味。そして、孤独の中でも生きていける力が。

出典

『男の居場所』(マイナビ新書、2018年)