本当に大切なものは、お金で買うことはできない。

Yeah!な女性

「傭兵軍」は、あなたが戦争をやらないうちは、あなたに仕える兵士でありたがる。だが、いざ戦争になると、逃げるか消え去るかどちらかになる。

マキャベリ(政治思想家)

お金がもたらす錯覚のうち一番大きいのは、「お金があれば何でも買える」という錯覚だ。

「お金があれば、愛も、幸福も、何でも買える」と言いう意見もあるが、正しくは「お金があれば、多くのものが買える」が正解だろう。

実際、何もかも買うことはできない。それはたとえあなたがお金持ちでなくても、まともな神経をしていればすぐに理解できることだ。

例えば、あなたが年収1億円のお金持ちで、月100万で愛人を作るとする。

愛人はあながたお金を払っている限りはニコニコ、まるで心から愛しているかのように振る舞ってくれるだろう。あなたの財力を期待して、「結婚して」と言ってくるかもしれない。

しかしそれはお金があってこその関係である。あなたがお金を失った途端、愛人は秒速であなたの元から消え去るだろう。

つまるところ、結局お金でつながっている関係はその程度のもの、ということだ。それは他の状況でも同じである。

あなたはキャバクラ通いをしている。そこでお金を気前よく払って遊んでいる限りは、とても良い気分で接待を受けることができる。

札束をちらつかせれば、何人もの女性を外へ連れ出し、いろいろ美味しい思いができるかもしれない。

ところが、あなたがお金を使わなくなった途端、金の切れ目が縁の切れ目。その関係も終了する。後には何も残らない。そういうものだ。

これが果たして本当に愛と言えるか?愛を手に入れたと言えるか?まともな感覚、まともな神経をしていたら、その答えは明白だろう。

幸せも同じである。お金があるからといって、それで幸せが買えるなど人生そんな単純ではない。つまるところ、お金で何でも買えるなど、ただの錯覚である。

もちろん、お金はあるに越したことはない。お金があれば多くのものが手に入る。家、車、子どもの教育費、お金があればあるだけ、人生で幸せになる確率は高くなる。

しかし結局、本当に大切なものは、お金で手に入れることはできない。

愛、信頼、幸せ、そういったものは、自分自身の力で手に入れるしかない。間違ってもお金の力で手に入れた気にならないことだ。

お金があれば手に入るものもあるし、お金があっても手に入らないものがある。その当たり前のことを、忘れないようにしたい。

出典

『君主論』