モブキャラとは自分の人生を傍観する人のことである。

ほんわかな雰囲気の女性

人生には、他人の批判をし続けて一生を終える「傍観者コース」と他人から批判され続けてそれをバネにしながら輝き続ける「主人公コース」しかないのだ。

千田琢哉

ネットでそれとなく使われている印象的な言葉の一つに、「モブキャラ」という言葉がある。

「モブキャラ」とは、ゲームやアニメなどに登場する名無しのその他大勢。つまりどうでもいい「村人その1」的なキャラのたとえ。

あまり良い意味の言葉ではない。

人生生きていていれば、自分にとっての「モブキャラ」とはたくさん出会うが、それはそれで問題ない。

本当に問題なのは、自分が自分の人生を生きているにも関わらず、自ら「モブキャラ」となって、主体的な人生を歩むことを放棄してしまうことである。

「モブキャラ」として生きる損

例えば、自分の人生なんてどうでもいい。誰かの言うがまま。言われた通りの人生を生きる。

これは、自分が主役であるはずの人生を完全放棄して傍観者化。自らを「村人その1」化する、極めて残念な行為である。

その原因はセルフイメージの低さとかいろいろあるかもしれないが、自分が自分のことを認めずに、自分自身をモブキャラ化してしまうのは、ただただ、残念としか言いようがない。

それは違うのだ。あなたの人生の主役はあなたをおいて他にいない。登場する人たちは全て、あなたの人生を彩る登場人物に過ぎないのである。

全ての出会いは必要なことに気づくために与えられる

出会い人たちそれぞれには役割があり、全ての出会いは、あなたの人生で必要な気づきを得るための出会いである。

しかしここで、「私は所詮モブキャラである」と自己認識していればどうなるか?

せっかくの出会いを卑屈に捉え、「自分のため」という視点で出会いの意味を見つけることができない。

結果、必要なメッセージに気づくことはなく、誰かに翻弄されるだけの人生になっていく。

つまるところ、本当にそれでいいのか、という話である。

自分のことは自分で決める!

繰り返しになるが、人はそれぞれ、自分の物語を生きている。そして、全ての物語の主人公とは、その物語を紡いでいる本人に他ならない。

つまりあなたの人生の主役は、あなた以外にありえないのである。決して、あなたは人生の「モブキャラ」などではないのである。

それは誰が何と言うと関係ない。

むしろあなたは、あなたを「モブキャラ」扱いする人たちと戦い勝利し、自分の物語を見つけることを運命付けられているのかもしれない。

だからこそ大切なのは、誰がなんと言おうと、あなたの人生における主導的を、人に手渡ししてはいけない、ということである。

最後に

あなたは自分の人生で最善を尽くして、可能な限り最善の物語にすることができる。それは人がどうこう言える問題ではない。

あなた自身がどうしたのか。ただその一点によって、物語は決まっていく。

あなたは周りに誰も自分を理解する人がいないなか、自分を理解してくれる人を探す旅に出ることができる。

新しいことを初めて今まで知らなかったことに気づき、人生の可能性を実感することができる。

すべては自分次第。あなたの人生における「モブキャラ」はたくさん登場する。しかし、あなたはあなた。一人だけの存在なのである。

出典

『心を動かす無敵の文章術』(マガジンハウス、2019年)

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