なぜ「裏切り」は常に身近な者が企てるのか?

仲の良い男女

陰謀から我が身を守ろうとする君主は、さんざん虐待した相手ではなく、むしろたいへんひいきにしていた人物にこそ、十分警戒しなければならない。

マキャヴェリ

あなたの周りには信じられる人はいるだろうか?「この人には何でも話せる」という人がいるだろうか?

もしあなたのプライベートでそのような人がいたら、心から大切にしたい。しかし何もかも相手を信頼しすぎるのは危険である。

実利が絡む大人の世界では、その無垢な信頼心があなたを奈落の底へ落とす罠に変わる可能性がある。

つまるところ、身近な人ほど、関係がこじれたときこそ危険な敵になる。

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なぜ愛し合った夫婦が不倶戴天の敵になるのか?

例えば男性にとっては別れた元妻。

かつて愛した女性は、「婚費」という制度を立てにし離婚を拒否し、お金を取れるだけ搾り取ろうとする手強い相手に変身する。

結果、「持てる」地位にある男が妻との別れを決めるとき、愛だとか情だとか、そういうきれいなことを言っている余裕はない。

実際問題の現実として、別れのための「代償」を支払うことになる。この点、女性は愛情がなくなった男性に対してはとかく現実的になるので、男性が甘い見通しを立ててコトに当たれば。

最悪ケツの毛までむしられることになるだろう。

人間不信の人ほど幸せな人間関係を築く理由

人を信頼し、頼ることは大切なことである。信頼なくして愛は成り立たない。誰も彼も疑うような人生は、人として寂しすぎる。

しかし逆に、何もかも信じすぎるのも問題だ。

「人間不信」というと表現が良くないかもしれないが、人を安易に信じない人ほど、実は幸せな人間関係を築いている。

なぜなら彼は人を安易に信じないゆえに、人に期待をしない。だから必要以上に相手にプレッシャーをかけないので、良い関係を築くことができる逆説である。

期待をかけられるのは重すぎる

一方。

「私はあなたを愛してる!絶対に私を失望させないで!見捨てないで」など、重すぎる期待を背負わされるような関係は、得てして長続きしない。

愛する人の「裏切り」によって、関係が終了してしまうのがお約束である。それは期待によって殺された関係といってもいい。

期待すればもっとを求められる。そして期待に答えれば答えるほど、さらにもっとを求められる。求められる方はたまったものではない。

最後に

人間関係の根本が信頼に基づくべき、というのはそのとおりである。しかしそれは理想論でもある。

なぜなら裏切りは常に身近な者が企てる。そしてそれが起こるのは、行き過ぎた期待が背景にある。

信じることは大切だ。しかし、信じ過ぎてはいけない。それは過剰な期待となり、相手を苦しめ、裏切りへと走らせる。

つまるところ、信じるのは自由である。しかし信じてもいいが求めすぎてはいけない、という話である。

出典

『君主論』

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