人の言いなりになることは誰かの養分になるのと同じである。

自分の目でしっかり見る

他人に頼りっぱなしだと不安定だ。

人間は一人では生きていけないが、他人は結局のところ他人。はじめは利害関係で一致していても、途中で心変わりすることもある。

そんな不安定なものに頼りっぱなしになるな。自分の弱点から目をそらすな。

一生誰かに頼って生きていくのか?誰かの指示に頼って生きていくのか?一生誰かに使われていくのか?申し訳ないが、僕には理解できん。

Testosterone

人は弱い。自分一人では不安だ。

だから、誰かにすがりたい。頼りたい。正しい答えを教えてもらいたい。人生を導いてもらいたい。別にそれは悪いことではない。

人生いつでも強気でマッチョでいられるわけではないし、そもそも、自分一人の能力はたかがしれている。

人生でいろいろ良い思いをしたければ。理想を実現したければ。誰かの力を借りることは、絶対に必要である。

本当の問題はこういうこと

しかし。

問題なのは「依存心」である。自分で自分の道を切り開こうとせずに、最初から最後まで、誰かが何かをしてくれるのを待っている。

ある日誰かが人生にあらわれて、それで自分を導いてくれて救ってくれる。この、依存心がまずい。

現実では、このような依存心が強い人が、悪い人、欲が強い人の餌食となる。だから、「信者」と書いて「儲ける」となるのは決して偶然ではない。

だから信じる者ほど救われない。実際の話、ただ吸いつくされるだけの養分で終わるのが悲しい現実である。

助けは今すぐ求めていい

繰り返すが、人に頼ることは悪いことではない。自分にできないこと。自分一人ではどうにもならないこと。そういうとき、素直に人の助けを求めるのは悪くない。

しかし、どんなときも最終的に大切なのは自主独立の気概である。自分の人生をなんとかしようとする心意気を持ち続けることである。

それがなければ、ただ人の言いなりになれば誰かの養分に甘んじるしかない。それが依存的なの信者がたどり着く末路であり、世の中の残酷な仕組みである。

それが嫌なら、自分を強くしていくことである。最低限のことは自分でやり、基本的には人に頼り切らない。自分のことは自分でなんとかできる。そんなセルフメイドマンになることである。

そうなればたいていのことは自分で解決できる。そしてそのとき人生は、今よりずっと快適になる。

最後に

誰かに助けてほしい。自分の人生をなんとかしてほしい。

確かに救いを求めるのは恥ずかしいことではないし、誰かに救われることによって、人生がなんとかなる場合も実際にある。

しかし、自分で立ち上がる努力を放棄してはいけない。助けられてもいい。救われてもいい。ただそれを当たり前のことと思ってはいけない。

なぜなら「誰かがなんとかしてくれる」と依存心こそが、あなたがあなたという存在が持つ力を弱めてしまう罠だからである。

繰り返すが人に頼ってもいい。持ちつ持たれつ。世の中は回っていく。だが決して、人に頼り切って依存してはいけない。自分の人生とまっすぐ向き合うために。

出典

『筋トレライフバランス マッチョ社長が教える完全無欠の時間管理術』(宝島社、2017年)

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