「人は中身が大事だ」という言葉はあまりにも綺麗すぎる

成功してそうな実業家の女性

外見を磨く努力を一切せずに中身だけを見てほしいなんて甘い。

相手に失礼。ほこりだらけの商品見て「良い物かもしれないから買ってみよう」となるか?

ほとんどの人が「なめてんの?商売する気ないなら買わねーよ」と思うような。

Testosterone

世の中の残酷な現実。それは「人は見た目で判断する」ということ。

いくら本当に中身が良かったとしても、見た目で「この人はNGである」と判断されてしまえばもはやそこまで。

中身を見て人柄や人格を判断してもらうことはできない。

すなわち、見た目という審査を通過してこそ、ようやく中身を見てもらうことができる。

この意味で人に本当に自分のことを判断して欲しければまず見た目。

別に美男美女を目指す必要はないが、まず、見た目でNGを出されないよう、最低限の見た目を整えておくに越したことはない。

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「中身を見てほしい」は甘え

人は物ではない。お金に換算できる商品でもない。

しかし、人は人を価値があるかないかを判断し、誰と付き合い、付き合わないかを決めている。

そう、私たちは生きている限り、常に誰かに評価をされて、誰かを評価している。

だからこそ、「ほんの少しでも自分の価値を知ってほしい」と思うなら、そのための努力が必要だ。

「自分は見た目はアレだけど、中身は絶対保証します!」といくら声高に主張しても、それに耳をかたむける人はいない。

なぜならそれは、自分という人間の価値を、何の努力もせずに受け入れてもらおうという、甘えにほかならないからである。

誰かに自分のことをわかって欲しいなら、「わかってもらう努力」は、絶対に必要である。

では具体的に何をどう努力すればいいのか?

それがまず、見た目である。人から最低限、NGを出されないための見た目アップを目指すのである。

中身は外見に表れる!

「人は中身が大事だ」

それは本当にそうで、そうとしかいいようがない。

しかし現実には人は中身ではなく、見た目で人を判断している。そしてそれは正しい。

実際に人は見た目で判断できるケースの方が、できないケースよりもダントツに多い。なぜなら本当に中身がいい人は見た目もいいからである。

いい人はいい人の見た目をしているし、悪い人は悪い人の見た目をしている。

「いかにも」という言葉どおり、関わっていけない人は、「いかにも」な見た目をしているのは、否定し難い事実。

犯罪者は犯罪者。中身通りの見た目をしているのは一目瞭然である。

もちろんいい人の見た目で悪い人もいる。悪い見た目でいい人もいる。例外はある。しかし傾向としては、という話である。

多くの人はそれを直感で理解している。だから見た目で判断するのである。

何でも見た目から入る

自分のありのままの姿を、ただで人に理解してもらう。そんなことは不可能である。

人からわかって欲しい。評価して欲しい。それならまず、人から注目される見た目を手に入れることが先決である。

そもそも見た目に悪印象な何かがあれば、絶対に中身を見てもらうことはできない。

それに、見た目ができれば次に中身が伴ってくる。

だからまず、物事は何でも見た目から入る。そうすれば、人生いろんな場面で、得をすることができるだろう。

見た目というのはイケメン美女を目指せとか、高級な服を着ろとか、そういう話ではない。

それは意識の持ちようであり、人へ与える印象への配慮である。それを忘れなければ、「中身を見てください」と声高に主張する必要はない。

然るべき人々に、きちんとを自分を理解し、評価してもらうことができる。きちんと見た目を磨いたなら。

出典

『超 筋トレが最強のソリューションである 筋肉が人生を変える超・科学的な理由』(文響社、2018年)