就職しない生き方を考える

自由な野郎

世の中、学校を出ればどこかへ勤めてお金を稼いで生きていく、それが当たり前のような風潮がある。

しかし、人生、働きにいかなくても、就職しなくても生きていくことはできる。

ようは、生きていくために何らかの方法で自分でお金を稼ぐ方法さえあれば、それは可能だ。今なら、アフィリエイトとかYouTubeとかのネット収入や、クラウドソーシングの在宅仕事でお金を稼げば、就職しなくても生きていくことはできる。

それが安定しているか、幸せな生き方かどうかは別として、今の時代、そういう選択肢は確かにある。

筆者も、就職しないで生活を始めて、もう5年(2016年時点)になる。

もともと、就職しない人生を希望したわけではないけれども、なんの運命か、就職しないまま、フリー(自営)でお金を稼ぎ、生活をしている。

それは全く不思議なことだと思う。

お金を稼ぐこと=どこかで雇われて働くこと、という意識があったし、自分の周囲に自分でお金を稼いで暮らしている人がいなかったから、自分が雇われず生きているなんて、信じられないくらいだ。

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勤めて働くのも悪くない?

ただ、だからこそ感じるのだが、近年のフリー礼賛というか、雇われずに生きていくこと=「かっこいいこと」的な風潮には疑問を感じる。

よく、就職しない生き方は自由だとか、ポジティブなイメージで語られがちだけども、物事には常に良い面と悪い面がある。

一人で仕事をするのは楽しいし気楽だし、マイペースにできるけど、反面全て自己責任。孤独で話し相手もいないし、同僚とどこかに飲みに行ってワイワイやることもない。

目標も人と共有できない(奥さんとか家族がいる人は別なのかな)ので、常に自分で自分を動機づけないといけない。

ぜいたくかもしれないけど、一人でいるのが好きな筆者ですら、時折人恋しくなるのがフリーの暮らし。一人で仕事をするがゆえの、寂しさや孤独はつきまとう。

筆者が臨時教員として働いていた20代の時期、仕事は最悪に辛かったが(モンペとか授業妨害する生徒の対応とか)、同僚の先生たちが最高にいい人たちで、誰かと一緒に働くことは本当に素晴らしいことだと思った。

なので、仕事が耐えられないほど辛くなくて、同僚の人たちといい関係を持って働ける環境なら、就職して生きていくことは、いい生き方だと思う。

休みなしで馬車馬のごとく働かされるブラック企業は論外として、そこそこ不満はあるけれど、どこかに勤めて定年を迎える。そんな人生も、偉大だと思う

働くことは悩むこと

とはいえ、雇われて働いているときは、いろいろ不満を感じてしまうのも確かかもしれない。

スケジュールが仕事によって決まってしまうので、自分の時間が取れないし、体調が悪くて休みたいときでも、思うように休めない。

おまけに人がいるところには、大小はあれど必ず人間関係の問題があるので、それで悩むことになってしまう。

仕事となると、どんな嫌な人でも相手にしないといけないから、それは学生時代の人間関係とは比べものにならないくらい切実。

理不尽なことも多いから、そんな我慢続きの人生を送るくらいなら、一人で自由に生きたいと思うのも自然かもしれない。

勤めて働くことは、アルバイトをするのとはわけが違うので、いろんな責任がのしかかってくる。いやになったからすぐにやめる、いじめられたからやめる、そんなわけにはいかない。

残念ながら、我慢に我慢を重ねていると、病気になったり心を病んだりして自分の人生が詰んでしまうので、どこかで決断をしないといけなくなってくる。

こう書いていると、就職するのか就職しないで生きるのか、どっちがいいのか分からなくなってくるが、本当に難しい。

まぁ、人生はどの道を選ぶにしろ、何か大変なことがあるものなのかもしれない。

常に別の選択肢はある

ただ大切なことは、学校を出たら就職すべきとか、答えを決めつけないことだと思う。

世の中の常識的には、学校を出たらどこかに就職して、それでお金を稼いで生きていくことが当たり前のように思われているけど、実はそれ以外の生き方もたくさんある。

そのことを忘れないことが、自分の人生の可能性を狭めないことだと思う。

やっぱり、会社勤めが無理だったり、職場の人間関係がどうにも嫌で仕方ないこともある。そういうとき、「この会社で生きていくしかない・・・」と制限してしまったら、本当に人生は辛くなると思う。

そうではなくて、本当は選択肢はいろいろあって、実家に引きこもってネットビジネスを始めたり、フリーランスになったり、職人になったり、坊さんになったり、勤めなくても生きていく方法があることを思い出す。

人生はいつでも、別の選択肢、別の可能性、別の未来が待っている。いつでもそれは、自分で選択し直すことができる

それを忘れないことが自分の人生を救うのではないか、そんなことを思う。

「これしかない」「ここで頑張るしかない」と自分を追い詰めることも大切かもしれないが、それは程度の問題。最悪の仕事は本当に最悪だ。

我慢できないことは続かない

結局、どの道を選ぼうとどこかで苦労することにはなるのは確かで、いろんな不満も感じることになる。でも、その度合は、選んだ道によって全然違う。

いろいろ選ぶうちに、「これくらいなら我慢できるな、なんとかなるな」という道が見つかる。それが多分、現時点で進むべき方向なのだと思う。

筆者も、それを見つけるのに遠回りをしたが、我慢して何とかなる仕事は続けることができるし、お金も稼げて生活できることを知った。

おまけに、我慢して働いていたときよりも、はるかに収入も増え、心身への負担も少なかった。世の中、我慢すればいいなんてもんでもないのだ。

だから声を大にして言いたいのだが、我慢できないくらい耐え難い仕事は、さっさと見切った方がいいと思う。

目先の給料のために、健康、心の余裕、そして人生、いろんなものを失ってしまう。働くことは楽ではないけれども、それでも、何とかやっていける仕事もたくさんあるのだ。

悩んだときこそ見つかることがある

とまぁいろいろ書いてきたが、結局人生、就職しない生き方も選択肢としてある。

自営を始めたりネットビジネスを始めたり、俗世と断絶したいなら、寺に弟子入りするのもいいかもしれない。

ようは、勤める以外にもお金を稼ぐ手段、生きていく道を見い出せばいいわけだ。それは何も就職しなくても見つけることができる。

「普通に就職して、毎日電車に乗って会社行って我慢して、それで俺の人生いいのか・・・」

そんなふうに悩んだら、それはきっと、今後の人生について考える良い機会になるはず。

「会社に就職して生きていくのが当たり前」と考えず、もし自分の人生が思う通りになったらどう生きたいか、どういう働き方が自分に向いているのか、じっくり考えてみるといいかもしれない。

悩んでいるときほど、実は自分にとって大切なことが分かる時期。

人は人、自分は自分で、人生後悔しない働き方を考えてみることが、大切なのだと思う。人生は本当に長いのだから。