世の中に希望が持てないあなたはある意味正しい。

悲しいから踊る

現世は天国じゃない。苦しみや哀しみに満ちあふれている。

神父(『キングダム・オブ・ヘブン』)

この世がどんな場所であるのか、それは人によって見方が変わってくる。

ある人にとって世の中とは辛く厳しい場所であり、またある人にとっては、明るく希望に満ち溢れた世界である。

考え方によってこの世の中は辛い場所にも幸せな場所にもなりうるわけで、この意味においては、「世の中は可能性に満ちた素晴らしい場所である」と考えた方が、生きやすくなるのも確かである。

確かに現実は優しくない

とはいえ、実際のところは、とうてい世の中が天国とはいえない現実を目の当たりにする。

真剣に世の中の隅々を見渡せば見渡すほど、そこには悲しみや苦しみ、不幸、理不尽な現実が満ちあふれている。

一言で言えば不条理こそが世の中の現実だ。この意味において、「完全に幸福になり得るのは白痴にのみ与えられた特権である」という言葉は正しい。

現実から目を背けることができる人こそ、他人の不幸に鈍感になれる人こそ、この世の中が輝いて見えるに違いない。

だからまともな真剣をしてこの世を生きていく限り、私たちは常に何かに悩む。苦しむ。生きることはそういうものなのかもしれない。

幸せになれなくてもいい

もし、生きる意味の中で真剣にその価値を見出そうとするならば、大切なことはただ一つ。悩みや苦しみの中に意味を見いだせるかどうか。

そこにきっと、この世を生きる本当の価値が隠されている。

だから世の中が理不尽だろうと、不幸に満ち溢れていようと、生きることに絶望する必要はない。別に希望を見出す必要はない。

最終的にはただ生きていく、それだけで十分。自分の人生を全うする。それこそが一番大切なことなのである。

最後に

「現世は苦しみや哀しみに満ちあふれている」

この言葉は別に悲観論でもなんでもなく、普通の知能を持ち、世の中の現実を直視している人なら誰でも感じる、実際の事実である。だからそこに意味はないだろうか?

苦しい目の前の現実。思い通りにならない人生。

でも苦しいからこそ。思い通りにならないからこそ。生きる意味が、見つかるのである。そして、生きることそれ自体、それだけで十分に、素晴らしいことなのである。

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