「社会は不公平である」という当たり前の話

不公平感をにじます女性

愚か者や怠け者は差別と不公平に苦しみ、賢いものや努力したものは、いろいろな特権を得て、豊かな人生を送ることができる。

それが、社会というものです。

阿久津真矢

社会で広く信じられているウソが一つある。

それは、賢く努力したものが幸せに暮らすことができ、努力もしない怠け者は不幸に暮らすしかない、というウソである。

あなたもご存知のように、実際のところ、世の中努力をしようがしまいが、最初から何もかも手に入れている幸せな者がいる。

そして、努力に努力を重ねているのにも関わらず、何一つ手に入れることができず、不幸のどん底に突き落とされる者もいる。

しかしこの現実はあまりにも理不尽である。

だから、世の中では努力すれば報われて、努力しないものは不幸になると流布されている。そう思わなければ、やっていられない現実があるのもまた、確かだ。

とはいえ、だからといって、頑張る価値が全くないのかというと、それは全然別の話である。

そう、世の中は不公平かもしれない。理不尽かもしれない。だからといって、何もしなければ、何も現実は変わらない。

だから私たちは、もし自分の人生を少しでもより良くしたいと思うのなら、努力するしかない。

それが報われるとか報われないとか、そういうことは考えず、ただ何かが変わるのを信じて、努力するしかない。

結果として努力が報われないことがあるかもしれない。世の中の不公平さを恨みたくなるかもしれない。

それでもなお、今の状況を変えようと、努力することには意味がある。それは決してムダではない。

世の中が不公平で理不尽であるからこそ、それは絶対、意味がある。

大切なのは変わろうとする努力だ。今自分がいる場所を、より良くしていきたいと願う、意志を持つことだ。

それさえあれば、世の中が不公平だろうが、理不尽だろうが、関係ない。結局自分の人生は自分のもの。

理不尽だろうが不公平だろうがそんなことは関係ない。自分の人生で自分自身が最善を尽くすこと。

そこに一番の、価値があるのだから。

出典

『女王の教室』(日テレ、2005年)