
私が10代、20代の頃は、「人生は努力すれば何とかなる」と思っていた。
上手くいかないのは自分の努力不足であり、死に物狂いで頑張りさえすれば、人生はある程度コントロールできると信じていた。
しかし、30代に入ってその価値観は大きく変わった。
今つくづく思うのは、「無理をしている感覚」や「頑張っている感覚」がある物事ほど、実は上手くいかないのではないか、という疑念である。
なぜなら、本当に望む結果につながることは、それほど血の滲むような思いをしなくても、驚くほど自然に、まるで追い風に乗るように上手くいってしまうことに気がついたからだ。
「一生頑張り続ける人生」からの脱却
30代になると、気力や体力の変化もあり、若い頃のような無理が効かなくなってくる。
そして、いろいろと足掻いてみたところで、個人の努力だけではどうにもならない壁があることを知る。
一方で、特に肩に力を入れていないのに、なぜかスルスルと好転していく物事もある。この差は一体何なのか。そこで一つの結論に至った。
「努力が必要なこと」は、そもそも自分に向いていないことであり、むしろ「努力なしで上手くいってしまう方向」こそが、進むべき道なのではないかということだ。
早い話、必死の努力を要することほど望む結果は得にくく、無意識にできてしまうことほど最善の結果が得やすい。
今の世の中で自分にとって最適な適応戦略を取るのであれば、「自分が特に頑張らなくても何とかなってしまう場所」を見つけるのが一番の近道なのだ、と。
努力よりも「場所」を選ぶ戦略
わざわざ人間関係に馴染むために神経を削らなければならない場所。
人一倍努力して、ようやく人並みに仕事を覚えなければならない場所。
そんな場所で消耗するよりも、空気感が自分に合っていて、自然に周囲に溶け込める場所の方が、ずっと力が抜ける。特に気負わなくても、いつの間にか仕事が身についている場所が理想だ。
あまりに都合の良い話に聞こえるかもしれないが、そうした「自分に合う環境」を探し当てることこそが、人生の満足度を最大化する戦略である。
そして、そのような場所は確かに存在する。 「努力は必ず報われる」という言葉は美しいが、現実はそれほど単純ではない。
理想の人生を送るためには、努力を積み重ねるよりも、もっと賢明で楽な方法があるはずだ。 人生、頑張るだけでは上手くいかない。ときにはこうした「戦略的な諦め」を持つことも大切だと思う。
「気負わない生き方」が幸せを呼ぶ
人生において過程は大事だが、やはり結果も大切だ。
多大な努力を重ねた末に何も残らないというのは、あまりに報われない。しかし現実には、努力の量と成果が比例しないケースは案外多い。
だからこそ、一度冷静に振り返ることが重要だ。「何が上手くいって、何が上手くいかないのか」「どういう時に物事がスムーズに運んだか」。
私はもともと努力家を自負していた。だが、「頑張っている感」が強いことほど、費やしたエネルギーの割に結果が伴わないこと、そしてむしろ、呼吸するように自然に取り組めることほど、良い結果がついてくることに気づいてしまった。
それ以来、私は「無理をしている感覚」があることは潔くやめることにした。
無理なものは無理。不自然な努力はしない。そう決めた瞬間、肩の荷が下り、人生が驚くほど気楽になった。極力、無理をしない。それが今の私のルールだ。
最後に
理想の人生や自分を目指して日々努力することは、尊いことだと思う。
自分を叱咤激励して走れるうちは、それでもいいのかもしれない。 しかし、もしふとした瞬間に虚しさを感じたなら、自分に問いかけてみてほしい。「その努力で、自分は本当に幸せになっているか?」と。
結果が伴わない努力を続けるのは、あまりに過酷だ。どうせエネルギーを使うなら、結果が出て、心が満たされる方向に使いたい。
自分の人生において、何が「無理なく上手くいったか」を検証してみて損はない。そのとき初めて、努力だけが生きる道ではないことに気がつくだろう。
気合を入れすぎず、自然に続いてしまうことだけをやっていく。その方が、人生は案外上手くいくものだから。
参考文献
『努力不要論――脳科学が解く! 「がんばってるのに報われない」と思ったら読む本』


