「努力すれば理想の自分になれる」というのは幻想にすぎません。人生というのは「真っ黒」でないけれど「真っ白」でもありません。
「理想に近づけたような、近づけないままでいるような、グレーゾーンを絶えずうろついているのが現実の人生だ」ということを自分のこととして受け入れるのが、大人として心が成熟していくということです。
諸富祥彦
金持ちになる。
女にモテモテでタイプの女たちといろいろ楽しめる。
仕事ができて有名でチヤホヤされる。
人にはそれぞれ、「人生こうなったら最高だ」という、人生の理想図がある。
思い通りにならない人生
ところが。
俺はこう生きたい、私の人生こうなったら最高だ。その理想を実現できる人というのはごくわずかで、実際の人生は「こんなはずじゃなかった・・・」の連続かもしれない。
もしかしたら、夢は叶うことより叶わないことの方が多くて、目の前の現実によって、意にそぐわない生き方を選ばなければいけないものなのかもしれない。
人はそれを挫折とか失敗という言葉で語りたがるが、よくよく思ってみれば、自分の人生が思い通りでなくても、夢が実現しなくても、それの何が問題なのだろうか。
たとえ、理想の人生を生きられなくても
人生なんて、そもそも想定外の連続だ。何もかも、自分が思った通りに人生を作れるものではない。
人生、できることとできないことがあるし、現実問題、いろんな選択において、幾度と妥協も強いられるだろう。でも、人生はそういうものだし、白黒、自分の思い通りにけじめをつけられるものではない。
そう考えると、人生、理想の自分になれなくても、理想通りの人生を歩めなくても、それは悲観することではないのだ。
人生の意味の見つけ方
むしろ、理想通りにいかないこと、思い通りにならないこと、「こんなはずじゃなかった」今の人生にこそ、大切な意味があるのではないのだろうか。
そうならざるを得なかった人生。思っていたのとは違う人生。でも、今ここにある自分の人生。「あるべきはずだった」理想の人生より、そこにきっと、大切な意味があるはずだ。
そう考えると、今の人生がどうであれ、そこに何らかの意味、必然性を実感できる。そして、もっと自分自身の人生を、大切にしようと思えてくる。
どんな人生にしろ、その人生は一回きりのものだ。他の誰でもない、自分にしか歩めない人生だ。それがどんなカタチであれ、どんな道であれ、そこにはきっと、意味がある。
「自分の人生」とは、そういうものなんだと思う。
最後に
「自分らしい人生を生きられない。思い通りにならないことばかり。今の自分は在るべき自分ではない。こんな人生を生きていても意味がないのではないか。無意味ではないか」
そんな悩みがあったとしても、人生必ず意味がある。
失敗したか成功したか。そんなことは関係ない。ただ今の人生を生きることそれ自体、大切な意味があるからである。
人生が思い通りにならなくても。理想と現実がかけ離れていても。それこそが自分自身の人生であると受け入れること。そこにこそ、生きていく上で最も大切な、価値があるのだから。
出典
『「すべて投げ出してしまいたい」と思ったら読む本』