人生には、「得る」より「捨てる」ことが重要なタイミングがある。

光る電球を触る

「何のために」

人生を考える上で最も重要なのは「目的」を間違えないことである。

お金があっても目的を間違えれば不幸になる。社会的に成功しても、目的を間違えれば日々「何かが違う・・・」という漠然とした不納得感や満たされなさに苛まれる。

人生で求めるものは人それぞれ違うが、あなたが「人生の目的?幸せではないですか?」という価値観を持っているなら。この話は生き方を考える、一つの参考になるだろう。

はじめに

人生には様々なステージがある。

日々物事を積み重ね、様々なものを手に入れていく成長と上昇のステージ。成長と上昇が終わる時期。そして次のステージへ向かうための停滞と衰退のステージ。様々なステージがある。

特に重要なのは次のステージへ向かうための停滞と衰退のステージである。ここでは、何かを新しく「得る」というより、「捨てる」ことが重要なカギになる。

次のステージへと進むために

人生では「今ままで得てきたもの」を選別するタイミングが訪れる。

これからの人生はそれは必要なのか?それまで得てきたものを確認し、もはや必要性がなくなったものや十分に学びを得たものを、感謝しつつ潔く手放す。

こうして自分を「まっさら」な状態にし、次のステージへ進み、自分にとって新たに必要なものを得ることができる「余白」を作っておく。これは、長い人生を歩むプロセスの一部である。

役目が終わった物事、もはや自分にとって不必要になった出来事にいつまでも執着することは、新しい流れを断ち切ってしまう。

循環が途切れることで、人生という全体の枠組みの中に立ちこむ空気が淀む。それは、停滞の継続を自ら選択することを意味している。

「手放す」ことはサイクルの一部

調子が悪いときに無理をしないで休む。動いてはいけないときに静かに行動を控える。周囲と摩擦を起こしてでも自分がすべきことをする。

人生でそれぞれのタイミングで、それぞれ必要な行動を選ぶことは、人生の波や循環のなかで、その都度その都度、自分にとって幸せな選択をするために必要な行動である。

必要なタイミングで、もはや自分に必要ではなくなったものや、その役目を終えたものを手放すことも、循環作用の一つであり、自然なことである。

私たちは、日々「得る」ことにプラス面を見出しがちで、「捨てる」ことの価値を軽視しがちである。だが、適切なときに適切なものを「捨てる」。それが得るために必要なプロセスなのである。

最後に

10年20年、人生を一定期間で俯瞰して眺めると、そこに一つのサイクルがあることに気づき、愕然とする。

人生がうまくいかないときがあるからこそ。それまで得たものを手放すからこそ。それは次への「新生」へとつながっている。そして、良いことも悪いことも、トータルで見れば、「帳尻が合う」ことに気づく。

一時的に何かを手放すことは、新しい何かを手に入れるための、サイクルの一部にしか過ぎない。それは春夏秋冬が巡るが如くである。

人生に冬が訪れているとき、今すぐ春が来ることを意図してもそれは叶わない。しかしやがて必ず、春は再び訪れる。

今すぐ春の訪れを願うかわりに、冬には冬らしく過ごす。冬にしかできないことをする。そして時が変わるのを「待つ」。時節に応じて時を過ごす。それが結局は、一番大切なことなのだ。