「人生で起こったことはすべて自分の責任」という考え方

光は常にそこにある!

自己啓発の本を読むとたいてい、人生について次のようなことが、声高に主張されている。

すなわち、

「人生の責任100%自分にある。起こることはすべて、自分自身が招き寄せていることであり、今自分が幸せでも不幸でも、その原因はすべて自分にある」

この考え方は、正しいか間違っているかは別として、1つ、大きなメリットがある。

それは、人生で起こる出来事が全て自分の責任があると考えることで、人生に主体的になれるということだ。

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こう考えれば、確かに自分の人生の責任は自分にあってもいい

もし人生がうまくいっていないならそれは自分の責任。周りの誰かのせいではなく、すべて自分が悪い。

こう考えることで、ではどうすれば人生を変えることができるのか。そのことを、真剣に考えることができる。

人生を自分のせいにするか。それとも他に原因を求めるか。

たったされだけの違いで、人生はガラリと変わる。自分に原因があると考えているかぎり、自分自身の人生に対して、責任を持つことができる。

だから、主体的に人生を変えようと努力していくことができる。

しかし、人生の責任が自分にないとしたら、何らかの運命によって人生が決められているとしたら、そこにはもう、努力の余地はない。

この意味で、

「人生の責任100%自分にある。起こることはすべて、自分自身が招き寄せていることであり、今自分が幸せでも不幸でも、その原因はすべて自分にある」

と考えることは、あながち間違ってはいない。

「人生は公平ではない」という現実から考える

とはいえ、あなたもご存知のとおり、世の中にはとても公平とは言い難い現実がたくさんある。

つまり、必ずしも人生で起こることがすべて、自分の責任とは言い難い現実がある。

例えば、世の中には驚くほど経済的に豊かで恵まれた家庭で育つ人がいる。高額な塾に通い、そして大学へ進学。

学費を親に払ってもらうのは当然で、東京の家賃20万のマンションに住み、大学へ通っている。仕送りも月35万の生活費をもらい、何不自由なく大学生活を謳歌する。

このような例がある一方、学ぶ意欲があるにも関わらず、大学へ行くにも奨学金という名の借金を背負わなければ大学へ行くこともできない学生がいる。

つまり、生まれた時点で最初からなにかも恵まれているものとそうでないものがいて、恵まれているものは、最初からなにもかもが有利である。

そこに自己責任論を持ち込む余地は1ミリもない。あえて言うなら、恵まれない親の元で生またか恵まれた親のもとで生まれたか。

ただそれだけの違いである。

忘れてはいけないのは、「選択肢が常に自分にある」ということ

世の中には恵まれているものと恵まれていないものがいる。

その現実を受け止めれば、人生のすべて、何から何までが自分の責任と考えることは明らかにおかしいことに気がつく。

だから現実的には、人生で起こることがすべて、自分に責任があると考えるのは無理がある。

むしろ実際のところ、人生は自分の力の及ばない様々な要素によって作られていく。そう、努力しても変えられないものは変えられない。

この現実を無視することはできないのだ。

問題は、不公平な現実があることを認めた上で、これからの人生をどう生きていくか、ということだ。

「自分は何もかも恵まれていない。自分はこれ以上頑張っても仕方がない」

そう考えて、これからの人生、なにもかもあきらめていくことはできる。

しかし人生何があろうとあきらめずに、前へ進んでいくことだってできる。

マイナスがある。だからプラスがある!

人生で絶対的に不利な者が、人生のすべてをあきらめる必要はない。逆転のチャンスは常にある。

ここが人生の面白いところだ。

そう、人生何かを得れば何かを失う。最初から人生が不利であるがゆえに、最初から人生が有利なものよりも、確実に得られるものがある。

惨めな境遇を味わったからこそ。世の中の理不尽を味わったからこそ。そこから初めて、見えてくるものがある。得られるものがある。

それは、最初から持つ者には絶対に手に入れることができないものである。

だから、人生を長い目でみれば、マイナスだと思っていたものが、それが必ずしもマイナスではなかったことに気がつく。

だから、自分の人生は恵まれていない。これから将来に希望が持てない。そんな状況だったとしても人生をあきらめる必要はない。

むしろ、今がクソな状況であればあるほど、そこに大切な何かが隠されていることに気づきたい。今しか得られないものがあることに気づきたい。

それこそが、人生最初から理不尽を味わう、絶対的な理由であり、プラスである。

自分に自分の人生がある。

そう、人生は必ずしも公平ではない。「100%自分に責任がある」と考えるのは無理がある。

だから今人生がうまくいっていなかったとしても、それがすべて、自分の責任だと思い悩む必要なんて、これっぽっちもないのだ。

もちろん、自分が悪いところがあればそれを反省することは大切だ。

しかし人生なるようになった。今自分の人生がこうなっている原因をいちいち考えるよりもむしろ、なぜ今自分がこのような人生を歩んでいるのか。

その必然性と、そこでしか気づけないことに、意識を向ける方がずっと実用的である。

すなわち、人生にムダはない。どんな苦労も、苦しみも屈辱も、惨めな思いも、悲しみも。すべては必要だからこそ経験することになった

大切なのは自己責任論ではない。必然性への気づきである。それに気づけたとき、もはや責任論なんてどうでもいい。

結局自分には自分の人生がある。それはこの世でただ一つだけの道であり、自分以外進むことができない道である。

そう、本当に大切なのは人生がうまくいったかうまくいかなかったか。それよりももっと大切なことがある。

誰かと比べるまでもない。自分の人生を真剣に生きること。それこそが一番大事なことなのだ。