人は誰でも動かされうる。大切なことはその仕組みを知ること

自分の意見を述べる男性

「自分の人生」における主体は自分である。

だが自分という存在は必ずしも強くなく、つねに「私は私が考えているとおりの人間です」となれるわけではない。ときに誰かの考えによっていともかんたんに、人は誰かの影響を受けてしまう。

それによって私たちは、「自らが気づかないうちに」自分の意思や望みとは別の方向へ、動いてしまうものである。それは無自覚のうちに自分の人生の主体を、他人に無条件で譲渡するに等しい。

そこでこの記事では、自分が主体として自分の人生を生きる、すなわち自立した人生を歩むために知っておきたい話をお伝えしたい。それは今の不安や不確かが満ちたこの世界で自分を見失わないための、大切な力である。

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はじめに

私たちが最もかんたんに自分を見失い、誰かによってかんたんに誘導されてしまう条件がある。それが「不安を感じたとき」である。

私たちは何らかの理由で不安を感じたとき、本能的に心細く感じて「誰かと一緒にいたい」「誰かに助けてほしい」と感じる。それ自体は私たちの生存に必要な本能である。重要なのは私たちが持つこの本能が悪用されてしまう、ということである。

「◯◯しないとあなたはXXになります」

「だからあなたは△△してください、そうすれば大丈夫です」

あなたはこのような類の文言を目にしたことはないだろうか?

まず不安を煽る。その上で解決策を提示する。これは不安によって私たちの行動を意図的にコントロールしようとする「テンプレ」である。

仕組みはシンプルだ。まず不安を提示する。不安を提示し「このままだとあなたの不安は現実化します」ということをそれとなく匂わす。その上で「私はあなたの不安を解消できます」と特定の行動へと誘導する。

この仕組みは、私たちの日常生活のなかのありとあらゆる場面で目にすることができる。

不安を煽られたときは注意せよ

例えば広告。まず「◯◯歳以上の方で、XXにお悩みのあなた」と語りかける。その上で、「XX」の症状に関して不安を煽る話を語る。そして「XXを解決する△△という商品があります」という話につなげていく。

これ以上ないほど明快な仕組みだが不安とは感情である。感情であるがゆえにそこに特定の刺激を加えられることによって、私たちはそれに振り回されてしまう。

それだけ私たちにとって不安という感情は生存のために重要な本能なのである。そしてそれはかんたんに、第三者によって利用されやすい。

言うまでもないことだが、この仕組みを利用するのは広告主だけではない。YouTubeのサムネを始め、現実世界のありとあらゆる分野で利用される人を動かすテンプレである。だからこそ不安を煽られたときには注意せよ、なのである。

解決策は「依存心」を克服すること

人々の不安を煽った上で「私があなたの不安を解消します」という「救世主」がタイミングよく登場する。これは完全な「テンプレ」なのだが、なぜこの方法が人を誘導するための効果的な方法なのか?

その本当の理由は、私たちに依存心があるからである。「誰かに頼りたい」「誰かに助けてほしい」といった、「自分ではない誰かに自分をなんとかしてほしい」という、「依存心」が根本にあるからである。

「自分で考える」ことはかんたんではないが、私たちが自分自身で考えることをしない限り、私たちはつねに誰かによって意図的に自分自身を動かされる現実を生きることになる。

「TVや新聞で◯◯と報道されていたから」

「XX大学教授が安全と言っていたから」

「有名人の△△さんがおすすめしていたから」

誰が何を言おうがまず自分で受け止める。自分が感じたことを尊重し、そこで違和感を感じたのであれば自分自身で調べてみる。「自立」はこのような小さな行動から始まる。

最後に

歴史にその悪名を残したヒトラーは、人々をコントロールし扇動するためにある手法を用いたことが知られている。

まず誰でも分かる「シンプルなスローガン」を掲げること。それを繰り返すこと。人々の感情を刺激するような視覚的要素を用いること。「敵」を作りそれに対する憎悪を煽ること。これらの手法の本質であり目的は私たちに「考えさせない」ことである。

すなわち、私たちを感情で煽るように仕向けて冷静な思考を停止させる。そして私たちが自分自身で「◯◯することが正しい」と思うように誘導するのだ。

ヒトラーの大衆扇動の手法によってどのようなことが起こったのか?ここで改めて述べることは避けるが、この手法は過去のみならず現代でも引き続き運用されている。このテンプレに惑わされないために大切なキーワードは「依存心」と「自立」である。

不安を感じてもいい。だがその不安に惑わされる必要はない。私たちには自分にとって最善の方法を見つけることができる。「自分自身で考える」という力が、与えられているのだから。