人生には不幸になる考え方と、幸せになる考え方がある。
「自分の人生は何をやってもうまくいくのが当然である」と考えれば間違いなく、とは言わないが、高い確率で不幸な人生を送る。
なぜなら、人生とは自分の思い通りにならないもので、常に想定外の連続。何から何まで、自分が計画した通り、思ったとおりの人生を生きることはできないからだ。
一方、最初から「人生は思い通りにならないものだ」と考える人は、人生で不幸にならない。なぜなら、自分の人生に必要以上の期待を持たないので人生に失望することがない。
だから、想定外の出来事で人生が苦しくなったとしても。人生が予想以上に好調で幸せが続いたとしても。人生の一風景としてそれを楽しみ、余裕を持って生きていくことができる。
このことから、人生で不幸にならないためにはまず、自分に必要以上の期待を抱かないこと。そして、人生うまくいくことを当然と考えないこと。
つまり、途中で挫折したりつまづいたり、うまくいかないことが起こることを前提に考えたほうが安心である。
この意味で特に価値を持つのが「七転び八起き」という考え方である。
人生で転ぶのは想定内
人生転んでも仕方ない。しかし問題はそこから転んだままでいるのか。それともそこから起き上がるのか。その差は果てしなく大きい。
人生が自分の思い通りにいかず、想定外が当たり前のように起こるなら当然、自分が人生で「詰む」ことも想定しておいたほうがいい。
そして、ここからが重要なのだが、詰みそうになったときいかにそこから抜け出すか。そんな心構えを持っておくことが大切である。
それは、お金を貯めておくとか、そういう話ではなく、精神的な心構えである。
つまり、人生はどんなことでも起こり得る。今幸せでも、人生が好調でも、それが今後ずっと続く保証は何一つない。
最悪、明日すべてを失うことになるかもしれない。問題は、最悪が起こったとき、そこから速やかに復活することである。
この意味で転んでも起き上がることができる。その能力を持つことこそが、人生最大の保証である。
問題は転んだあとの身の処し方
失敗してもまた起き上がることができる。
そうなれば、何を失っても大丈夫。自分自身で失ったものを取り返す自信さえあれば、人生で何が起ころうと不安に負けることはない。
これこそが究極の安定であり、移ろいゆく現世を確信的に生きていく王道である。
人生失敗するのは恥ずかしいことではない。
やることなすことうまくいく。成功し続ける。そんなことは、よほど幸運の持ち主でない限りは不可能な話である。
むしろ、人生うまくいけば失敗することを前提に考えた方が失望しない。だからこそ失敗したときいかにすぐに立ち上がって復帰できるか。
そこに意識を注ぐのが現実的である。
つまり失敗をさけようとしないこと。人生勝ち続けようとしないこと。転んでも起き上がること。それが肝心である。
最後に
人生は思い通りにならない。良いことがずっと続くこともないし、やることなすことうまくいくことはありえない。
しかし、ときどき何かがうまくいく。予想外に良いことが起こる。だから人生は面白い。
最初から最後まで何もかも完璧でうまくいく。
そんな人生は退屈である。成功のありがたさ。幸せをかみしめる至福。生きる喜びが色褪せる。
この意味で逆説的ではあるが、最高の人生を送るためには、何度も転んだ方がよい。ときに不幸を味わうほうがよい。
ただし、そのままでは不幸で終わる。だから転んでも再び起き上がる。まさに、「七転び八起き」である。
完璧な人生を求める必要はない。結局は転んだら立ち上がればいい。ただそれだけのことである。