
俺を誰だと思ってる?この物語の主人公だぜ。
バルフレア(『FFT 獅子戦争』より)
当たり前だが、自分の人生という舞台における主役は自分自身だ。だが、その当たり前を「本当に」生きることは、想像以上に難しい。
人生とは自分という名の物語であり、紡ぎ手はあなた自身だ。経験することすべて、出会う人すべては、あなたの物語を彩るためのエッセンスにすぎない。
今のあなたが社長であれ会社員であれ、学生であれ、フリーターであれ。その社会的地位は、人生という長い旅路における「一時的な肩書き」だ。装備品が変わっても、あなたというキャラクターの本質は変わらない。
今のステータスがどうであれ、これからどう生きるのか。主役であるあなたの「選択」と「行動」一つで、物語の展開は、驚くほど鮮やかに、信じられないほど劇的に変わりうる。
はじめに
自分という名の物語。それは一度きりの物語である。そしてそれはあなた以外、他の誰も歩むことができない、この世で唯一の物語である。だからこそ意味がある。
たとえ今、「人と比べて」面白い物語でないように思えたとしても。「どうせならもっと素晴らしい物語のほうがいいです」と思えたとしても。
この世に生まれたということは、一度きりの物語を自分自身で紡ぐチャンスを与えられたということ。物語を自分なりに最高に楽しい物語にすることもできるし、「何をしてもつまらない」物語にすることもできるのだ。
物語を作り出す原因
「自分自身の人生の大切さを自覚し、考えや行動を自覚的に選択すること」
これこそが物語を紡ぐ、ということである。
一つの考えは一つの行動につながる。そして行動は現実を作り出す。あなたが現時点で自分の人生に満足していなくてもそうでなくても、手持ちに現金が豊富でもそうでなくても、思考の自由はつねに与えられている。
ここで何を考え何をするか?それによって物語の展開は変わっていく。
たとえばあなたは仕事選びに悩んでいる。給料や働き方に満足していない。そこで、「私は学歴も能力も大したことはありません。だから何をしてもうまくいきません」と考えることはできる。
その一方、「確かに自分には何の取り柄もないかもしれないが、自分でも何かできることはあるはずだ。幸せに生きる道が見つかる可能性だってある」と考えることもできる。
そこにどのような現実があろうとも、それに対してどのように考え、反応するか?その選択肢は自分に与えられている。この認識を持つことはとても大切である。
自分の人生は自分だけが決められる
「自分の人生の主役は自分自身である」
この認識の本質は自分の人生を自分自身で考えることである。
「人がどうだ、社会がどうだ」ではなく、今ここに自分という人間が存在しており、自分の周囲の環境、今置かれている現実は現実として理解しつつも、「わかりました、では私はこちらへ進みます」と自分の考え、そしてそれに伴う選択を大切にすることである。
だからこそ何を決めるにも自分で決めること。自分の思いを大切にすること。どんな現実があろうとも、どんな結末が待っているにしろ、「自分自身が選ぶ」ことに価値を置くこと。
それこそが生きるということであり、そこで生まれる物語こそが自分の人生である。それは一つの英雄譚である。有名無名に関わらず、この世界を生きたあなたという人生を描く、英雄譚なのである。
最後に
なぜあなたは21世紀の今、この世界に生まれたのだろう?今あなたはあなたとしてなぜ、この世界にいるのだろう?それは本当に偶然なのだろうか?
あなたにはできることもあるし、できないこともあるかもしれない。現時点で幸せかもしれないし、そうでないかもしれない。自分に満足しているかもしれないし、不満を感じているかもしれない。
だが、それでいい。大切なことは自分の人生を生き抜くことである。人生は一度きり。「私は生きました」と思えるのであれば。結末がどうであれその物語にはきっと、唯一無二の価値があるのだから。


