「お金を使わない生活」について考える

まったり過ごす男

人と同じように働き、人と同じように稼ぐ。

しかし、その生活は案外大変。ではもしお金を稼いで、極力使わない暮らしができるなら?この記事では、お金に対する見方、そして付き合い方を変える可能性について語っていく。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

私たちとお金

今の世の中では、「人と同じように暮らし」をしていこうとすると、それなりにお金がかかる。食べるもの。着るもの。住むところ。車や電車代。携帯電話代。旅行に行くお金。飲みに行くお金。実際、お金のない生活など、考えられないかもしれない。

確かにこの現実を踏まえると、お金はないよりある方が便利なのは確かだ。私たち現代人の生活は、お金とサービスを交換することによって便利な生活を手にする仕組みになっているからだ。

お金を払うことで食べるものを買う。食べるものは、誰かが作り、運んで、そして店頭に並びます。食べるものを自分で作ったりする手間を、お金を使うことで省いていると言える。お金を払ってその見返りに何かの対価を得ている。これが私たちの生活だ。

仕事でお金を得るのは大変

私たち一般人の多くは、何らかの仕事をしてお金を得ている。ある人は会社に勤めて。ある人は役所で。ある人は病院で。それぞれ仕事をして、お金を稼いでいる。

しかし、「私たち日本人の多く」にとっては、仕事をしてお金を得ることはかんたんではない。そもそも日本人の平均収入は下がり続け、にもかかわらず税負担は財務省が2022年度に発表した数値によると、「国民負担率」は驚愕の47.5%である。

日本が経済的に成長していない理由について、しばしば「日本の生産性」云々が主張されるが、ごく普通の常識を働かせて考えれば、稼いだお金の約半分が持っていかれる。

この状況においては、私たち一般人の多くが「豊かになる」ことそれ自体のハードルが上がっているという現実は確かにあると言える。

働くことは稼ぐこと?

仕事をしてお金を得る。これは誰もがしていることだが、お金を稼ぐにしても方法や安定性、様々な違いがある。

例えばお金を稼ぐ上で重要視されるのは「安定性」である。「ある月は稼げても別の月は稼げませんでした」ではなく、「毎月、同じ日にきちんと給料が口座に振り込まれます」ということに価値が置かれる。

この意味で今の日本で生活できるお金を手に入れるためには、安定した雇用の仕事が求められることは自然である。会社なら正社員(それも倒産の確率が低い会社)、公務員なら正規の公務員、クビになるリスクが低いこと、そして仕事がなくなる可能性が低い仕事だ。

正規の労働者なら、非正規労働者より安定性は高く、ボーナスという名のお金も稼げる。しかし正規であるがゆえに、それを失うことへの恐怖も大きい。そして長時間労働や職場での人間関係の問題など、非正規以上のストレスを抱える場合もある。

なぜそこまでして働くのか。「お金のため」という理由が大半だろう。そしてなぜお金が必要かというと「生活のため」だろう。私たちの人生はつねにお金に捕らわれているのだ

「お金を使わない」という選択

なぜお金に捕らわれてしまうのか?その原因の一つは「人並みに暮らしたい」という欲求である。それは「普通」な暮らしと言ってもいい。

戸建てもしくはマンションを買う。車を所有する。服はどこどこのブランド。子どもを塾に通わすのは当たり前。「普通」を追求することで必要なお金は限りなく増えていく。まさに、「お金がかかる暮らし」である。

もちろん私はここで、「お金を使うことはよくありません」などど言うつもりは1ミリもない。人生の一時期でも、贅沢をすることや過剰な消費をすることによって物欲の虚しさを学ぶことは、人生という旅を彩る経験だからである。

問題は、社会の消費活動に無意識に飲み込まれ、お金の奴隷となって働き、そして人生の質を消耗していくような、無自覚の生き方なのかもしれない。なぜならそこに「あなた」という固有の人間は存在していないからだ。

そこにいるのは、誰かの仕掛けた欲望の歯車に囚われた人間だ。歯車に囚われているうちは、お金を使った暮らしのなかで一瞬の満足を得ても、つねに「満たされない感覚」を感じ続けるだろう。

「月10万円」で生きていく人

『年収100万円の豊かな節約生活』という本がある。この本の著者の山崎さんは、東大を卒業後就職、30歳から無職で月10万程度の不動産収入で生活しているという。

一般的に月10万円の生活は「貧乏」「不自由」な生き方の典型のように考える人は多いかもしれない。

だが私はこうした生き方のチョイスがあることは素晴らしいことだと考える。というのは「人生必ずしもお金ファーストで生きなくてもいい」という実践例があることを知ることは、これからの時代とても大切だと考えるからだ。

基本的に1日を自分のしたいことをして過ごす。料理にしろ何にしろ、お金を使って手に入れるのではなく、自分で工夫し、楽しむ。その生活は自分の考え方や価値観が反映されているので、楽しみと余裕があるように感じた。

仕事の面倒でストレスフルな人間関係はなし、1日をしたいこと中心に過ごす。何より、時間を自由に使える。

1日中働いて、たくさんのお金を使わずとも、自分の頭で生活を作っていけば、きちんと生きていくことができる。『年収100万円の豊かな節約生活』を読めば、そんな生き方の可能性に気づく。

使うためにお金を稼ぐのではない

つねに「欲しい」の気持ちがあると、人は決して満足できない。

新しい服を買っても、良い家を買っても、どこか不満で、満足することはできない。なぜなら、新しいモノは古くなり、常に新しくて「良い」モノが登場するからだ。

そして私たちは、「嫉妬」という欲望を刺激され、新しいモノ、高いモノを持っている人を羨み、「それが欲しい」と思わされるのだ。このように考えると、お金とはすなわち人の価値観とリンクしていることが分かる。

「普通の」「人並みの暮らしたい」という人は、人並みに働くことだろう。収入も年200万では満足できず、年600万は欲しいと考える。そして仕事もそのような働き方を選ぼうとする。

しかし、人目線で自分の人生を人と比較し、他の人を基準に人生を歩む時、それはお金の奴隷となる生き方の第一歩となってしまう危険がある。そこから抜け出さない限り、欲望は絶えず刺激され、決して満足することができない。

人と同じようにお金を稼がなくても、人と同じモノを持たなくても、私たちは幸せに暮らしていくことができる。

お金を使うことで便利サービス、良い商品を手に入れることはできても、そのお金を稼ぐために、自分の人生の質を削ったり、健康を害する仕事をするのは、本当に賢い選択なのだろうか。

消費活動から人生の質に視点を変えて、お金との付き合い方、稼ぎ方、ワークライフバランスを見直してみる。すると、人生のバランスが自覚している以上に乱れていることに気がつく。

そこであえて、お金に頼りすぎない生活を始めてみる。すると気づく。「お金は必要だが、それがすべてではない。今すぐ、自分の生活を豊かにする方法は他にもある」と。