お金は稼ぐ、でも使わない選択も。お金を使わない生活について考える

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まったり過ごす男

人と同じように働き、人と同じように稼ぐ。

しかし、その生活は案外大変。

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私たちとお金

今の世の中、人と同じように暮らしていこうとすると、それなりにお金がかかる。

食べるもの。着るもの。住むところ。車や電車代。携帯電話代。旅行に行くお金。飲みに行くお金。

実際、お金のない生活など、考えられないかもしれない。

確かに、今の世の中、お金はないよりある方が便利なのは確かだ。私達現代人の生活は、お金とサービスを交換することによって、便利な生活を手にする仕組みになっているからだ。

お金を払うことで食べるものを買う。食べるものは、誰かが作り、運んで、そして店頭に並びます。食べるものを自分で作ったりする手間を、お金を使ってぶいていると言える。

お金を払うことで、その見返りに何かのサービスを得ている。これが私たちの生活だ。

仕事でお金を得るのは大変

私たちは何らかの仕事をしてお金を得ている。

ある人は会社員として、ある人は教師として、ある人は政治家として。それぞれの仕事をしてお金を稼いでいる。

しかし、今の世の中(というかいつの時代も)、仕事をしてお金を得ることは大変なことだ。日本は景気が悪く、労働環境も決してラクとは言えない。

多くの人は、自分の生活を犠牲にして、自分の健康と時間を切り売りして働き、お金を得ている。朝から夜まで、仕事のために自分の時間と労力を差し出して働くのだ。

しかし、その仕事でストレスを溜めてしまうことも。運の悪い人は、そのことによってうつ病などの病気をもらい、健康な生活ができなくなってしまう人もいる。

「仕事でストレスがない」という人が、果たして今の日本でどのくらいいるだろうか。だからこそ、仕事でお金を得るのは大変で、「給料は我慢料」などと言われるのだ。

働くことは稼ぐこと?

仕事をしてお金を得る。これは誰もがしていることだ。

今の日本で生活できるお金を手に入れるためには、安定した雇用の仕事が必要と考えられている。会社なら正社員、公務員なら正規の公務員、クビになるリスクが低い仕事だ。

正規の労働者なら、非正規労働者よりもたくさんのお金がもらえる。しかし、長時間労働や職場での人間関係のストレスなど、健康と人生の質を損なうリスクもある。

なぜそこまでして働くのか。

「お金のため」という人が大半だろう。そして、なぜお金が必要かというと、生活のためだろう。つまり、私たちの人生はつねにお金に捕らわれているのだ

「お金を使わない」という選択

なぜお金に捕らわれているのか?

それは、人並みに暮らしたい、人と同じようなモノを持ちたいという欲求にあるのかもしれない。

ユニクロよりもブランド品、狭い家より広いキレイな家。古いパソコンより最新のパソコン。

今の社会は、モノをたくさん作ってたくさん売る、消費社会。

人並みのモノを手に入れて、「良い」暮らしをしようとすれば、常にお金がかかる。人は消費活動の輪に入るため、働くのだ。

しかし、ふと立ち止まって、こう考えてみる。

「本当にそれは必要なの?」

「私はそれが欲しいの?」

別に、ブランドの服を着なくても、人は生きていくことができる。

パソコンだって、必要な機能さえついていれば、それで事足りる。お金をたくさんかけなくても、生きていくために必要なものは手に入る。

問題は、社会の消費活動に無意識に飲み込まれ、お金の奴隷となって、ガムシャラに働き、そして人生の質を消耗していくような、無自覚の生き方なのかもしれない。

なぜなら、そこに「あなた」という固有の人間は存在していないからだ。そこにいるのは、誰かの仕掛けた欲望の歯車に囚われた人間だ。

月10万円で生きていく人

年収100万円の豊かな節約生活』という本がある。

この本の著者の山崎さんは、東大を卒業後就職、30歳から無職で、月10万程度の不動産収入で生活しているという。

マスコミ的なモノの見方をすれば月10万の生活は貧乏で負け組の典型のように思われるかもしれない。しかし、筆者はこういう生き方もいいなと思う。

基本、1日を自分のしたいことをして過ごす。料理にしろ何にしろ、人に言われたとおりにお金を使うのではなく、自分で工夫し、楽しむ。

その生活には、自分の考え方や価値観が優先され、楽しみと余裕があるように思う。

仕事の面倒でストレスフルな人間関係はなし、1日をしたいこと中心に過ごす。何より、時間を自由に使える。

1日中働いて、たくさんのお金を使わずとも、自分の頭で生活を作っていけば、きちんと生きていくことができる。『年収100万円の豊かな節約生活』を読めば、そんな当たり前のことに気がつく。

使うためにお金を稼ぐのではない

つねに「欲しい」の気持ちがあると、人は決して満足できない。

新しい服を買っても、良い家を買っても、どこか不満で、満足することはできない。なぜなら、新しいモノは古くなり、常に新しくて「良い」モノが登場するからだ。

そして私たちは、「嫉妬」という欲望を刺激され、新しいモノ、高いモノを持っている人を羨み、「それが欲しい」と思わされるのだ。

このように考えると、お金とはすなわち人の価値観とリンクしていることが分かる。

「人並みに暮らしたい」という人は、人並みに働くことだろう。収入も年200万では満足できず、年600万は欲しいと考えます。そして、仕事もそのような働き方をするだろう。

しかし、人目線で、人と自分の人生を比較し、他の人を基準に人生を歩む時、それはお金の奴隷となる生き方の第一歩となってしまう危険がある。

そこから抜け出さない限り、欲望は絶えず刺激され、決して満足することができない。

人と同じようにお金を稼がなくても、人と同じモノを持たなくても、私たちは幸せに暮らしていくことができる。

お金を使うことで便利サービス、良い商品を手に入れることはできても、そのお金を稼ぐために、自分の人生の質を削ったり、健康を害する仕事をするのは、賢い選択とは言えない。

消費活動から人生の質に視点を変えて、お金との付き合い方、稼ぎ方、ワークライフバランスを見直してみる。すると、人生のバランスが乱れていることに気がつく。

欲望もほどほどに、お金を使わないのも豊かな人生の一つの選択なのだ。