
我々自身は繰り返し行っている行動によりつくられる。したがって、優秀さは行動ではなく、習慣によるものだ。
アリストテレス(『1日5分でお金の流れを変える 富を築く習慣』)
成功した人生、豊かな人生、幸せな人生。
こうした人生に、必要不可欠だと思われているものがある。それこそが、「才能」である。才能は、能力や優秀さ、といった言葉に置き換えてもいい。
才能があるから成功できる。豊かな人生を送ることができる。そして幸せになることができる。これが、私たちが想像する、成功した人生、豊かな人生、幸せな人生を生きるための、前提条件である。
だが、本当にそうなのだろうか? 才能がない人は自分なりの成功をおさめることができないのだろうか? 豊かな人生、幸せな人生を実現できないのだろうか?
否、そんなことはないはずだ。問題は、才能ではなく「習慣」だからである。
はじめに
英語に、「You are what you do.」という言葉がある。これは、「あなたがしていることがあなたという人間を表す」という意味の言葉である。
つまり、何を主張しているかというより、何を実際にしているかこそが、その人をその人たらしめている、ということを意味している。
では、私たちを私たちとして作っているものは何か? それは、冒頭のアリストテレスの言葉のとおり、「習慣」である。
習慣とは、日々私たちが繰り返す行動である。つまり、私たちが日々繰り返す行動が習慣となり、そして人生という形に現れる。
確かに、そこで生まれつきの才能(能力や優秀さでもいい)があれば、プラスアルファの加算点があるかもしれない。
だがそれは本質ではない。生まれつきの天才でも、悪い習慣にまみれ、自分を磨くことを怠るならば、それは宝の持ち腐れになる。
一方、生まれながらの凡人でも、日々小さな努力を繰り返すという習慣を、意識的に身につけることで、凡人は凡人でなくなることも、起こり得るのだ。
なぜ「才能」ではなく「習慣」なのか
なぜ習慣が強力なのか? それはいっときではなく、日々繰り返される行動だからである。
たとえば、普段読書をする習慣を持たない人が、あるとき「本を読んでみよう」と思い立ち、書店に行く。
そこで本を買い、店を出る。そして帰宅後に買った本を手に取り、夢中になって一冊読み終える。だが翌日、読書のことは忘れて、それっきりになってしまう。
このような、単発の行動は、いわば打ち上げ花火のようなものだ。全く無意味ではないが、その効果は限定的である。
一方、行動が習慣化した場合、それは一本の太い導線のように、私たちの人生に影響し続ける。その場その場の効果は大きくはないかもしれない。
だがそれは、人生の複利として、時間とともに効力を発揮していく。これは「お金」についても同じことが言える。
一度だけ節約を頑張るよりも、毎日無意識に行っていた「小さな無駄遣い」を削る習慣を身につける方が、数十年後の資産に大きな差を生む。
日々できることを、日常的に継続していく。これこそが習慣が持つ力である。
感情の奴隷にならないために
習慣は日々の行動の繰り返しによって作られる。そこに、気まぐれや感情が口を挟む余地はない。
「やる気が出たら、やる」ではない。やる気があろうとなかろうと、やると決めたことを、淡々とやる。
それによって目に見えるメリットや効果が即時に実感できなくても、やる。そしてそれを繰り返す。
とはいえ、最初から完璧を目指す必要はない。むしろ、完璧主義は習慣の敵である。まずは「1日5分だけ」「本を1ページ読むだけ」といった、絶対に挫折しないほど小さなハードルから始めるのがコツだ。
習慣になったとき、もはや「やろう」と頭で考えなくても、それを自然と、自動的にやっている自分に気づく。
習慣が、人生の「有効バフ」(=自分の能力を自動的に底上げしてくれる強化魔法のようなもの)として機能し始めた瞬間である。
だからこそ、
・規則正しい生活を送る習慣
・健康に気を配る習慣(食事、歯磨き、運動など)
・新しいことを学んだり、読書をする習慣
・無駄な支出を抑え、富を蓄える習慣
・普段関わる人と良い関係を築こうとする習慣
など、「特別ではない当たり前のこと」だけど「それをすると良いこと」を習慣にする人は、時間とともに、その効果を実感し始める。そこに能力や才能は、関係ない。
最後に
「今の自分」は、過去の自分の行動によって作られた習慣の結果である。ということは、「未来の自分」は、これからの習慣によって、新しく作り変えることができるはずだ。
そのために必要なのは才能でも能力でもない。「やる」と決めたこと、「これをすれば、自分のためになる」と思ったことを、淡々と繰り返し、習慣化することである。
一度それが習慣化すれば、それは人生の有効バフとして、半永久的に効果を発揮し続ける。だからこそ、良い習慣を持っている人は、その人生で良い果実を受け取ることができる。
それはアリストテレスの言葉のとおり、「優秀さは行動ではなく、習慣によるもの」だからである。

