「長い人生」が「幸せな人生」とはかぎらない。「短い人生」であっても、「満たされた人生」がある。
田坂広志
一度きりの人生で大切なこと。
それは自分が心から満足できる人生を送れること。それは、何年生きたからどうだとか、そういう話ではない。
たとえ人生が短くても、「自分の人生はこれで良かった。やり残したことはなにもない。明日人生が終わってもそれでいい」と思えるなら、それはそれ。
一つの成功した人生である。
自分に素直になる人生
例えば、ある男の人生は失敗の連続だった。
10代の頃の夢は破れ、20代は就職、仕事、恋愛、あらゆる面で挫折を味わってきた。
しかし、自分がそのとき、できる限りの最善のことをし、自分ができること、したいと思うことを、恐れず行動してきた。
その結果人生がうまくいかずに悩んだこともあったが、後悔はない。自分ができることさえすれば、全てに納得できるのである。
だから突如、「あなたの寿命はあと一週間です」と医者に宣告されたとしても、男の人生に後悔はない。
結果より大切なこと
したいことは行動で示す。
人生この姿勢は変わらない。失敗しようが挫折しようが不幸になろうが、人生後悔だけはしたくない。
自分がしたいと思う生き方を貫きたい。したくないことを我慢し続け、ただ生きるために生きるのは、自分の人生ではないと思う。
だからきっと、何歳生きるかはわからないが自分の人生に悔いはないし、今後何があろうと後悔しないことだけは、心から確信することができる。
自分がやるべきことをやってきた感があれば、結果などどうでもいいのである。
しなかった後悔は一生引きずる
一方で、人生で一番避けたいと思うのは、したいことをずっと我慢し続け、自分を殺し、誰かの犠牲になって生きていく生き方である。
せっかく自分という一度きりの人生を与えられ、今の自分にしか歩むことができない人生がそこにあるのに、不安や恐怖に支配され、人生をあきらめる。
それは単純に楽しくないし、我慢ばかりの人生が本当に意味がある人生なのか。大いに疑問を感じている。
実際、人が死の直前で後悔することの多くが、「人生でしてきたこと」ではなく、「人生でしなかったこと」を後悔すると言う。
あのときあれをすれば良かった。こうしていれば良かった。
どうやら人生とは、しなかったことが多ければ多いほど、未練が残るようになっているようだ。
最後に
人生は一度切り。
それなら自分にウソをつく人生はもったいない。我慢に我慢を重ねたところで、その見返りは驚くほど少ない。
それならもっとしたいことはやってみる。進みたい道があれば進んでみる。そんな行動の人になって、人生悔いを残さないようにしたい。
その際、失敗しようが成功しようが、お金持ちになろうが貧乏になろうが、そんなことは関係ない。大切なのはいかに自分の人生に正直に生きたか。結局はただ、それだけである。
人生は一度きり。何かを成すより、どのように生きたか。真に問われるのは、ただそれだけである。
出典
『未来を拓く君たちへ』