「まさか」が起こって私たちは気づく。これが予定されていた人生なのだ、と

遠くを見つめる

パパは君に成功してほしい。君が自分の力で成功を勝ち取ることを願っている。だけど、あらゆる成功が努力によるものでもないし、あらゆる貧困が怠惰によるものではないことは知っておくべきだ。誰かを、自分自身を含めて、評価するときは、このことを忘れないように。

モーガン・ハウセル(『サイコロジー・オブ・マネー』)

自分の人生は自分の人生。

今日は何をするか?何を食べるか?誰と付き合うか?本を読むか読まないか?人生は「自分が選んできたこと」によって決まる。それは疑いようのない事実である。

ところが、である。私たちの人生は思い通りにはならない。常に、「まさか」という出来事によって、自分の希望や意図とは全く別の方向へと、流されてしまう。だからこそ生きることは常に、理不尽さとともに歩んでいくようなものに思える。

人生の「まさか」は悲劇ではない

あなたは自分の人生を計画する。計画を実現するために日々努力を惜しまない。しかしその計画が思い通りに完遂されることはない。なぜなら、あなたがいくら万全を尽くそうとも必ずあなたが想定していなかった問題が発生するからである。

「まさか」の出来事が起こったとき、あなたは「こんなはずでは・・・」と天を仰ぐ。しかし大切なのはここからである。

あなたは再び、そこから歩みだすことできる。「今の時点」であなたに見えている道を進んでいく。こうしてあなたの人生が少しずつ、その姿を顕現し始める。そしてあなたがある年齢に達したときに気づく。

「これが、自分しか歩めなかった人生だった」と。

「まさか」が起こる本当の理由

思い通りにならなかった出来事。不可解に不運な出来事。考えてもみなかった想定外の出来事。それらの出来事は、短期的に見ればなぜそのようなことが起こるのか?

ただただ理不尽な出来事にしか思えないかもしれないが、あなたがある段階に到達したときに気づく。それがあなたの人生を新しいステージへと移行させるために起こった出来事であることを。

人生は思ったとおりにはならない。納得できないこともたくさん起こる。なぜそうなってしまったのか?理由が分からないことも起こる。だが、それは長い目で見れば必ずしも不幸だけを引き起こしているのではないことに、やがて気づく。

最後に

成功や失敗。幸福に不幸。人生は表面だけならどうとでも見える。だが、表面と実際は違う。

あなたが何を計画しようと、努力しようと、それらがすべて自分の思ったとおりになることはない。あなたが人生とは100%完全に自分自身の意志と努力によって思ったとおりの現実を作り出せると考えるなら、あなたの人生は失望と不幸に彩られる。

なぜなら私たちの人生とは常に、自分の想定を超えた出来事によって、自分の意志や意図とは全く別の方向へと、何度も何度も、誘われてしまうものだからである。だがここで明記したいのはそれが決して不幸なことではない、ということである。

人生は想定外だからこそ、思い通りにならないからこそ、生きる意味があるのだから。

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