人生やりたいことをやればいい。まだそれをやれるうちに

仕事に打ち込む男

若い頃は何をやりたいのかわからなかったのが、いろんなことをやっているうちに、自分はこれをやりたいんだってわかってくる。

だから三十にして立つ、四十にして迷わず、五十にして天命を知る、というのはやっぱり真理なんだと思います。

塩野七生(『ローマ人の物語』スペシャル・ガイドブック P318より)

人生にはやるべきことがある。

やるべきことは人それぞれ違う。だからまわりがどうだとか、社会的にどうだとか、そういうことを気にする必要はない。「それをやるべきだ」という確信があるならば。

それはあなたの人生においてやるべきことである。

自分のやるべきことは時が来れば自覚する

私の20代は、自分は一体何をして生きていけばいいのか?まさに手探りで探し続けた時代だった。

そして30代で「自分はこれで生きていこう」と自覚し、自分の人生のスタートをきった。自分の人生を生き始めた結果、まるでそこに道が用意されていたかのように、道が自然と開けていった。

この記事を書いている時点で40代にはなっていないが、もう自分の人生に迷うことはないだろう。自分が何をやるべきか?「残された自分の人生はこれをやるべきだ」ということが見えているからである。

この意味で「三十にして立つ、四十にして迷わず、五十にして天命を知る」という言葉は真理なのだろうと納得している。

大切なのはこの世界で何をしたか

自分の人生を選択する上で大切なのはきっと、人生観なのだろう。すなわちこの人生は何のためにあるのか?なぜ自分はこの世界にいるのか?その見方こそが人生観である。

私自身、それが真実かどうかは興味がないが、この人生とは自分がこの世で経験するべきことを経験するための舞台だと考えている。だから、良いことも悪いこともすべて、自分が必要なことを学ぶための経験だと考えている。

自分のやるべきことをやることそれ自体に意味があるのだから、成功したとか失敗したとか、得だとか損だとか、幸せだとか不幸だとか、そういうことにもはや意味を感じなくなった。

だからなのか、「自分は人生はこれでいい」という、強い確信を持ちつつ、日々自分のやるべきことに取り組んでいる。

最後に

年々感じていることだが、人生には「潮時」がある。

私たちは年々、歳を重ねていく。それにともない、今できることもできなくなっていく。体力は衰え、日々の生活のなかで「疲れ」を感じるようになる。視力や筋力も衰え、年々「昔と同じ」ように体を使えなくなっていく。

問題は感性である。

昔はとても新鮮に感じたことでさえ、さまざまな経験を積むに従い、感動は薄れていく。だからできることはできるうちに。したいことはしたいと思うときに、それをやることが大切なのだと、強く実感する。

それをする時間。そしてお金があるならば。今がきっと、そのときである。この世界にいられる時間とそれをするだけの若さや体力は、限られているのだから。

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