人生で経験することに何一つ無駄はない。というのは

2対

ひとつだって無駄にしちゃいけない、と言うよりは、我々の人生のどんな嫌な出来事や思い出すらも、ひとつとして無駄なものなどありはしない。

無駄だったと思えるのは我々の勝手な判断なのであって、もし神というものがあるならば、神はその無駄と見えるものに、実は我々の人生のために役に立つ何かを隠しているのであり、それは無駄どころか、貴重なものを秘めている気がする。

遠藤周作

人生いろいろ。

良いことばかりならいいが、ときに思い出すのも嫌になるくらいの苦いく、不運な経験をするものだ。

失恋、就職の失敗、リストラ、病気etc・・・。

もしかしたら、人生は失望と失敗の連続で、「思い通りにならないこと」の連続のように思えるかもしれない。

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失敗の裏に隠れている宝物

でも、幸い、人生はそこまで冷たいものではない。

ピンチはチャンス、失敗や挫折体験のなかには、それ相応のプラスが隠されている。どんな経験も、決してムダではない。むしろ、ムダと思えたことにこそ、大きな宝が隠されている

ここが人生の面白いところだ。

「就職に失敗してニートになってしまって何もかも嫌になってしまった。人生の貴重な時間をムダにしてしまったけれど、そのおかげで今のライフワークと出会えた」

「真剣に愛した女にフラレてしまった。もう俺はダメだと最高に落ち込んだけど、だから今の最高の嫁と出会えた。むしろ今は、フラれたことに感謝している」

失敗や失望の陰にはいつも宝が隠されている。それはすぐには見つからないかもしれない。しかし必ず見つかる。

そのことに気がつくことができれば、人生は奇跡。どんな人生経験にもムダがないことが分かる。

だから、何を経験しても大丈夫なのだ。

理由は必要なときに分かるようになっている

人生でどんなことがあったとしても、それにはそれ相応の意味がある。それによって得られる何かがある。

それは一見して価値があるもの、自分にとって意味があるものには思えないかもしれない。しかし時間が経つにつれ、その真価が理解できる。

そして、「だから自分はこんな経験をすることになったのだ」という理由を、決定的に理解できる瞬間がやって来る。

人生は人に幸せを与えるために、幸せのなかに苦しみを包む。だから人生は奥深い。

起こったことを、そう簡単に良いとか悪いとか、考える必要はない。どんなときも、人生、長い目で考えたいものだ。

出典

『狐狸庵人生論』(河出文庫、2009年)