動機は運命と同質化する。ゆえに良き動機は良き運命を、悪しき動機は

運命を見据える男

先日昔ハマったドラマを観直す機会があった。ネタバレをさけるためにドラマの題名は書かないが、久々その物語を観直してみると、そこで描かれている登場人物の有り様が人生の本質を示唆しているように思えたのでここで書いてみたい。

それはとある王子の物語。王子として生を受けつつもその身分から遠く離れた生き方を強いられるが、やがて自らの身分、そして運命に覚醒し、様々な試練を乗り越え王座を継ぎ衰えた国を復活させる、というのがその物語である。

それで、ここで書きたいのは主人公たる王子ではない。王子の敵としてつねに登場し王子を追い落とそうとするライバルの話である。それはあくまでドラマという創作の世界の話だが、そのライバルの行動とその運命が、実に人生の本質を示していると感じた。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

はじめに

ドラマの主人公たる王子は自分が何者なのか?

自らの正体とその運命に翻弄されつつも、そして恋人や仲間、王子にとって大切な存在とつながり、自らの信念に真っ直ぐに生き、与えられる困難と戦い続けた。そして、同じ志を持つ仲間たちと集い、大業を成し遂げた。

その一方、主人公の対となる存在がそのライバルはどうか?

彼は主人公の敵国の貴族の一族の者であり、スパイとして主人公たちのもとにもぐりこむ。主人公たちに近づいたその理由は、彼の王様の姫君との結婚であり、一族の繁栄であり、やがて主人公への復讐さえもその目的に含むようになる。

重要なのは目的の達成。ゆえに手段は選ばない。彼は手を汚し続け、自ら「悪」の道を進んでいることを自覚しつつもその道を進み続ける。そして一時は主人公たちを追い詰め権勢を誇るが、最後に彼はすべてを失い物語から退場する。

彼は天に叫ぶ。「なぜ私がこのような目にあわなければいけないのか?」と。だがその運命の帰結は至極、当然のように思う。なぜなら動機は運命と同質化する。悪しき動機は悪しき運命へ。そして良き動機は途中経過がどうであれ、最後には良き運命へと私たちを導くからだ。

それは一度踏み出せば二度と引き返せない道

彼はスパイとして主人公たちを欺き、接近する。主人公たちが持つ秘伝の技術を盗むのがその目的であり、成功のあかつきに彼は彼の野望を達成することができる。そのために彼は彼を信頼する仲間たちを裏切り続ける。

それを知らない主人公たちはスパイたる彼を「仲間」として、そして「家族」として信じ、受け入れ続ける。裏切りの真実が発覚したのちも主人公たちは彼に問う。「まだ引き返せる。これ以上悪事を重ねるのはやめろ」と。

だが彼は主人公たちに許しを請うのではなく、自らの意志によって敵対者としての道を進み続ける。そしてこう語る。「はじめは小さな一歩に過ぎなかった。しかしその一歩を踏み出したらまた再び、悪の道へ続く一歩を進み続けなければいけなくなる。もう引き返せない」と。

最初は「王様の姫君との結婚」という目的のためだった。自らの恋の成就という純粋な目的を実現するために彼は手段を選ばない欺きの道、裏切りの道を歩んだ。

彼の動機の一部は確かに純粋さがありつつも、最初から純粋ではなかった。そしてそれはさらに「引き返すことができない」状況へと彼を導く。その結末は「すべてを失う」という救いのない末路である。だが確かに、彼は途中で引き返すことはできたのだ。

「目的のためには手段を選ばない」末路

前置きが信じられないほど長くなってしまったがここで書きたいことはとてもシンプルである。

すなわち、すべては動機。最初の動機に間違いがあるのであれば、その後の結末はその動機と同質の結末が訪れる、ということである。それは「因果応報」という言葉がぴったりかもしれない。

自分の利益、野望のために大切な人を騙し、裏切る。目的のために手段は問わない。その結果、一時的に目的は達成されるかもしれない。だが、適切な時間差を経てその行いと同質の現実が訪れる。そして、邪な動機とその行動の代償としてつねに人生、そして運命を包囲される。

動機が間違っていれば途中経過がどうであれ、最終的には間違った動機と同じ性質の現実が引き寄せられる。「目的のために手段を選ばない」結果、目的は一時的に達成されるかもしれないが、手段を選ばなかった結果、目的によって運命を奪われる。

善なる目的は最終的には善なる運命へ、悪なる目的は悪なる運命へ。途中経過がどうであれ、やはり長い目で見れば「(最終的に)悪が栄えた試しなし」になるのはきっと、自然の理の通りなのだろう。

最後に

ドラマは非現実である。だが非現実のなかに現実を示す断片が含まれている。

理由がどうであれ、根本の動機が間違っていれば途中経過がどうであれ、最終的にはその動機と同じ結果が待ち受ける。誰かを幸せにしたいという動機は本人も幸せにし、「自分のため」という動機は最終的に自分さえも裏切る。主人公とライバル、その運命の対比はとても印象的だった。

物事の是非は短期的には分からない。だが人生を長い目で見れば、「人生の幸不幸を決めるのは心的態度である」という上智大学名誉教授の渡部昇一先生の言葉のとおり、自らの心的態度によって動機が定まる。ゆえに、心的態度が誤っていれば動機も誤り、そして運命さえも誤る。

だからこそ最終的に運命は、きちんと「筋が通る」ようになっているのだろう。