失敗しない効率的な生き方が本当に良いことなのか?

道に迷って

今の世の中は控え目に言って、効率重視の社会である。

勉強でも仕事でも何でも、今すぐ、最小限の努力で最大限の結果を出すことができる。そんな効率が評価される社会である。

確かに、効率を重視すれば、それは素晴らしいことかもしれない。

人生の時間は限られているし、それならどうせ努力するなら結果が出る方がいいのかもしれない。

しかしそれでもなお、思う。

本当に、すぐに結果を出すこと。人生でまわり道をせずにまっすぐ正解を求めて効率的に生きること。

それが本当にいいことなのか、と。

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全ての努力がムダになってしまった人の話

例えば、こんな人がいる。

その人はずっと一つの夢を追ってきた。そのために1日10時間以上毎日、欠かさない努力を続けてきた。

そして、その努力がまさに報われる直前、その人は病気になってしまった。その結果、体は不自由となり、

「自分がしてきたことはすべてムダだった・・・」

と思わされるような、厳しい現実に直面した。

ところが。

その人は病気で人生に強制的に後退させられてしまったが、それでもなお、自分が人生に全てを奪われていないことを発見した。

そして、自分が病気によって夢をあきらめざるをえなかったことによって、自分の才能がかえって、開花したことに気づいた。

そしてその人は再度、前へ進むことを決断。その体験があったからこそ、多くの人の心を打つ仕事をしている。

それは一重に、その人が「絶望」を知っているからこそである。

まわり道をして初めて気づくこと

そう、人生一直線に正解を目指すのも確かに一つの生き方かもしれない。

しかし、前へ進み、迷い、戸惑い、そして立ち止まる。そんなまわり道をするからこそ初めて気づくこと。得られるものが確かにある。

それは、一直線に前へ進み、効率的に何かを手に入れたならば、絶対に得られない何かである。

だから人生効率的に頑張れない。結果を出せない。そんなときはもうそれでいいのだ。

志望校の受験に落第して3浪人する。就職試験に失敗してフリーターになる。リストラされて無職になる。

そんな状況になったとしても、すべてをあきらめる必要はない。むしろ、今はここでしか得られない何かがある。

そのことに気づいたとき、「人生は一つもムダがない」ということを確信できる。

自分の歩みを大切にする

そう、人生効率的に進むことが本当に正しいとは限らない。

もし間違った道に進んでしまっても、それは人生長い目で見ると、実は絶対に必要な体験になるかもしれない。

だから人生で「正解」を求める必要なんてない。

まわり道をしてもいい。まっすぐ前へ進めなくてもいい。効率なんて気にせず、ただ自分のペースで生きていけばいい。

それこそが結局は、一番大切なことなのだと思う。

人生は何があろうと、起こることにムダはない。一つ一つが全て、大切な気づきとなる。だから自分のペースでいい。

ころんでもいい。つまづいてもいい。一歩一歩、歩みを進めることができるならそれでいい。自分の人生は他の誰でもない、自分のものなのだから。