結論から言って、頑張れないときに頑張る必要はない

まぁゆっくりしようぜ

人生は春夏秋冬。

24時間ガンガン頑張って、「成長」を実感していく時期もあるし、冬ごもりするように、あまり人と会わず、家に引きこもってじっくりしている方がいい時期もある。

自分にとって最適な過ごし方は、自分の直感が教えてくれる。

この意味で、

「最近、どうも疲れやすい。仕事もやる気がでないし、新しいことに挑戦する気にもならない。今は家でゆっくり過ごしたい」

と思ったらそれが正解。

「こんな自分ではダメだ。もっと頑張らないと!」

なんて思う必要は一切ない。

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なぜ必要以上に頑張ってしまうのか

基本的に、私たち日本人は努力論主義者である。

だらだらしている自分が許せない。さぼっている自分が許せない。「当たり前のこと」ができない自分が許せない。

そんな人が多い。

だから、疲れて頑張らないでいると、どうにも自分が「なまけもの」なダメな存在なように思えてきて、「こんな自分はダメなんだ・・・」と自己否定に走りやすい。

その結果、自分のキャパを超えてしまい、最終的には燃え尽きてしまう。これは本当に残念なことだ。

実際のところは、疲れたら休んでもいいのだし、いつもいつも無理を重ねる必要なんて何一つない。

なぜなら人生は長距離レース。

最終的には、自分のペースで走り続けることができた人こそが最後の最後まで走り抜き、ゴールインすることができるからだ。

大切なのは最後の最後

人生という長い道のりを最後まで進んでいくために大切なのは、決して人と自分を比べないことである。

疲れたらやすんでもいい。何もやる気にならなければ、思い切ってサボってもいい。仕事でも何でも手を抜いて、テキトーにやりすごしてもいい。

もちろん、あなたが考えているとおり、ずっとずっとその調子だとマズイのも確かだ。

でも大切なのは、無理なときは無理をしない、という当たり前のことである。

人間なんだから、良いときもあれば悪いときもある。最近なぜか疲れ気味で、何もしたくないときだってあっていいのだ。

そういうときは普段通り100%、全力を尽くさなくてもかまわない。40%50%、自分の力をあえて温存していくのも、とても大切なことである。

つまり、24時間365日、いつも同じ調子で頑張る必要はない。頑張れないときに無理をして頑張る必要はないのだ。

頑張るべきときに頑張れればそれで十分

長い人生大切なのは、絶対に怠けてはいけないタイミングで怠けないことである。つまり、人生では何度か、必死になって頑張る必要があるときがやって来る。

大切なのはこのときである。

あなたが人生で本気で頑張る必要があるとき、それはあなたの直感が教えてくれる。そのときは、本当に死ぬ気で頑張ることが大切だ。

しかしいつもいつも、死ぬ気で頑張る必要なんてまったくない。

体調が悪くてだるいとき。悲しいことがあって元気が出ないとき。イヤなことが続いて何もしたくなくなってしまったとき。

人生にはこのような、休むべきとき、動かずにじっとしているときがある。そういうときはただ自然に過ごせばいい。

じっとしているからこそ気づける何かもある。動かないからこそ、直感が教えてくれることだってある。

つまり朝が来たら目が覚めて起き、夜が来たら眠りにつくように、人生にはそれぞれのタイミングで自然にすべきことがある。

だから頑張れないときとはずばりそういうとき。「無理に頑張る必要がない」というのが正解だ。

最後に

個人的に好きな話が一つある。それは「三年寝太郎」という民話(?)である。

三年間ダラダラと寝ていた男がある日起き上がって、そこから驚くほどの活躍をして、周りの人を仰天させる話だが、この話は本当に真実味があると思う。

私たちはつい、「何かをすること」に意味があって、「何もしないこと」は無意味で、非生産的なことだと考えがちかもしれない。

しかし、本当に大切なこと、人の成長にとって必要なことというのは、無意識的な場面で起こっている。

それは、何もせずに「ぼーっ」としているときだったり、ベッドで横になって、宙を見上げているときだったりする。

そういうときほど実は、人の内部で、「何か」が動き出しているときなのだ。

だから動きたくないとき、頑張りたくないときというのは、「あなたは今頑張るべきときではありません」という心の声を素直に聞いた方が良い。

何もしないこと、頑張らないことを選択するのはある意味勇気がいるかもしれない。

20代が最悪最低でダメであったとしてもそれでいい。もしかしたら30代でマシになって、40代で最高の思いができるかもしれない。

つまり、人生はどこでどうなるか分からない。長い目で、見ることである。