夜、ひとりで不安や焦りを感じたときに読む話

夜、横顔の女性

静まり返った、夜の時間。

眠りにつこうとするとふと、突然、将来への不安や、焦りが湧き上がってくることがある。

昼間は目の前の現実に追い立てられて、そんなことを考えることすらない。でも、夜、ひとりになったとき、それまで考えてもみなかったことが、突然、頭に浮かび始める。

「私は、これでいいのだろうか」

「もし、あの件がうまくいかなかったらどうしよう」

「今すぐ、何かしなければ」

答えの出ない、迷いや不安、悩み、そしてまだ起きていない未来のことさえ、突然、浮かんでくる。

そして、体を休めて明日に備えなければいけないのに、心が落ち着かなくなってしまう。そんな夜は、誰にでも、ある。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

答えを、今すぐ見つける必要はない

物を書く世界でよく言われることだが、夜に書いた文章、特に感情のこもった文章は、必ず翌朝、それも午前中のうちに読み返すことを強く推奨される。

その理由はシンプルだ。夜は、感情が高ぶり、普段なら冷静に受け取れることでさえ、大げさに感じやすくなってしまう。それが、文章に出てしまうからである。

これは、文章を書くときだけでなく、私たちの日常にも当てはまることかもしれない。

つまり、夜になると感情が高ぶりやすくなってしまい、冷静に考えれば、気にとめる必要のないことでさえ、それを「今すぐなんとかしなければ」と感じてしまうくらい、大きな問題に思えてしまう。

たとえば、その日、仕事の失敗をしたとする。夜、家に帰って、静かに時間を過ごしていたとき、ふとそのシーンが、頭に浮かぶ。

すると、自分の能力に自信がなくなったり、「こんな失敗をしていては、リストラされるかもしれない」と、ひとつの失敗から、将来のことまで悲観的に考え始めてしまったりする。こういうことは、しばしば起こる。

だからこそ、覚えておきたいことがある。「夜に浮かんだこと、考えたことを、今すぐ結論にする必要はない」ということだ。

感情が高ぶっているとき、冷静な判断をするのは難しくなる。むしろ、事実とは異なる解釈をしたり、物事を必要以上に悪く捉えたりすることもある。

特に、疲れているときや、自分の気持ちに余裕がないときは、なおさら、物事を偏って捉えやすくなる。そして、物事を事実以上に悪く捉えてしまったりしてしまう。

もしかしたら、その考えに一定の根拠があるかもしれない。だが、冷静に考えてみれば、「別の見方がある」ということに気づく場合もあるだろう。

だからこそ、である。夜、いろんな考えが浮かんできて不安になったら、こう自分に伝えればいい。

「今すぐ、答えを見つけなくてもいい」

「明日、考えよう」

不安を解決するより、まずは心と体をゆるめる

『悪魔の習慣を断ち切れ』という本がある。著者が悪魔との対話を通じて、人がどのように生きるべきかを問う本だ。

悪魔なる存在がいるかどうかはわからないし、証明もできないし、そもそも、その存在を云々することはこの記事の目的ではない。

ただ興味深いのは、この本では、悪魔が私たちの心に不安の種をまくという考え方が示されていることだ。

「私たちの心が不安に満たされることで、事実が見えなくなり、自己コントロール、そして人生を失うからだ」という。私は、この指摘がとても興味深いと感じた。

というのは、私たち自身、不安や焦りを感じているとき、つまり冷静さを失っているとき、目の前の状況や出来事を、あるがまま見るのではなく、より悪く、より厳しく見てしまう傾向があると思うからだ。

特に夜、疲れているとき。気分が重く、明るくなれない。そんなとき、ネガティブな考えが頭に浮かぶ。すると目の前の出来事が、実態以上に深刻に感じられてしまう。

それが「案ずるより産むが易し」だったとしても、まるで世界の終わりのように感じられることさえある。そうした受け止め方には、私たちの心身の状態が影響している可能性もある。

だからこそ、焦る必要はない。今すぐ答えを見つけようとしなくていい。そのことだけ、自分に言い聞かせればいい。

その上で、何かをしたいのであれば、自分の体、心を、ゆるめるための行動に、意識を向けよう。

YouTubeでヨガやリラクゼーションの動画を見て試すのもいい。もう一度、湯船につかるのもいい。お気に入りのヒーリング音楽を聞くのもいい。

今すぐ何かをするのであれば、問題の解決を急ぐよりも、まずは自分の心と体を休ませることを考えればいい。

できなかったことより、今日過ごせたことに目を向ける

いろんな考えが浮かんで来る夜は特に、自分に対して厳しくなってしまうことがある。

「今日、あれができなかった」

「あの案件に失敗した」

「あの人への接し方が良くなかった」

一日を振り返り始めると、「できなかったこと」が数珠つなぎのように浮かんでくる。これも、特別なことではなく、誰にでも起こりうる「夜のあるある」だ。

だが、この記事をここまで読んだあなたは、こんな疑問を抱いているかもしれない。

「私たちは毎日、成功しなければいけないのだろうか」

もちろん、一般論だが、毎日うまくいけばそれでいいだろう。失敗するより、成功したほうが、良い気分になれるだろう。

だが、それは可能なのだろうか?毎日完璧に、すべてをこなし続けることはできるだろうか?その考え方は、現実的だろうか?

もし、思いどおりにできなかった日があったとしても、こう考えることはできないだろうか。

「今日、うまくいかなかったことはある。反省すべきこともある。だが、そのすべてを今夜のうちに解決する必要はない」

日々は、刻々と変わっていく。

今日、できないことがあったとしても、反省すべきことがあったとしても、それは明日から役立てればいい。そして今、確かなことにも目を向けてみよう。

それは、今日一日を過ごせたということ。その日が完璧でなかったとしても、できないことや、うまくいかないことがあったとしても、その一日が無意味になるわけではないのだ。

最後に

夜に不安や焦りを感じたとき、私たちはそれを今すぐ対応しなければいけない緊急司令のように感じ、落ち着かなくなってしまう。

だが、本当にそうなのだろうか?今すぐ、答えを見つけ、それをなんとかしなければ、悪いことが起きてしまうのだろうか?

ただ一つ言えるのは、夜は特に、そうしたことを、考えてしまいがち、ということだ。それは、誰にでも起こりうる。

そして不安が頭に浮かんだからといって、その不安が現実になると決まったわけではない。だからこそ私たちは、毎晩、自分の人生を、立て直す必要などない。

「私は、これでいいのだろうか」

「もし、あの件がうまくいかなかったらどうしよう」

「今すぐ、何かしなければ」

そんな、答えの出ない、迷いや不安、悩み、そしてまだ起きていない未来が突然浮かんできてもいい。

それによって、なかなか寝付けなくなってしまってもいい。そして、今すぐそれらの問いに前向きになれなくてもいい。

そういう夜は、そういう瞬間は、誰にでもある。そして私たちは翌朝目が覚めたら、明日という一日を、始めることができる。

本当にそれが気になるなら。翌朝から、それに向き合えばいい。だから、夜は夜で、自分の体と心を、ゆるめることに、意識を向ければいい。

夜は、つい考えすぎてしまうもの。そういう時間なのだから。