
世の中には原因があるから、結果が生じるという「因果の法則」の他に、どうやら因果のない、しかしどう考えてみても意味のある出来事は生じるのです。
松本幸夫(『だから思考は現実化する』より)
シンクロニシティという言葉がある。「意味のある偶然の一致」を意味する言葉だ。
たとえば、あなたには次のような経験はないだろうか。
ふと、ある人のことが頭に浮かぶ。するとその直後、その人から連絡が届く。
あることが気になっていた。すると「たまたま」入ったカフェで、となりの人がその話題に触れる。
本を読んだ。その数日後、そこに書かれていたテーマと同じようなことが起こった。
人生には確かに、「因果の法則」だけでは説明できないことが起こる。そして、ときにそれが、私たちの人生を大きく動かすことがある。
偶然の出来事を、無視しない
東京のマンションの一室で、受験勉強に励んでいた1月の夜のことだ。
突然、遠方に住む祖父のことが頭に浮かんだ。正確に言えば、祖父の声が聞こえた。確かに、聞こえた。
なぜか胸騒ぎがして、実家に電話をかけた。いつもならつながるはずなのに、その日は電話がつながらなかった。翌日、祖父が他界したことを知った。
そのときのことを、今でもはっきりと覚えている。そして今でも感じていることがある。祖父が志望校合格に、力をくれたのではないかと。
もちろん、あの夜に何が起きていたのかを、科学的に説明することはできない。ただ、私にとっては、それは「ただの偶然」ではなかった。
あの出来事があったからこそ、人生には、原因と結果だけでは説明できない何かがあるのではないか、と考えるようになった。
だから私は、ときどき起こる偶然の出来事を、無視しないようにしている。
偶然の出来事から、人生の転機が始まる
思い返してみれば、こうした偶然によって人生が変わったのは、一度きりのことではない。
たまたま、引き寄せられるように入った書店で見つけた一冊の本によって、進む道が見つかったこと。たまたま、ほんとうにたまたま出会った人によって、新しい暮らしが始まったこと。
人生の転機は、まさに偶然から始まった。
どれも、計画していたわけではない。予想していたわけでもない。だが、それは起こり、そして結果として、私の人生を大きく変える転機となった。それは紛れもない、事実だ。
だからこそ、強く同意する。人生には、「因果のない、しかしどう考えてみても意味のある出来事は生じる」ということに。
偶然をつかむカギは「なんとなく」
人生の転機となりうる偶然の出来事が、いつ、どこで、どのような形で起こるかはわからない。私たちにできることは、それに「気づく」ことだ。
そのカギはシンプルだ。「なんとなく」という漠然とした感覚を、無視しないことだ。
理由もなく、ふと、
「◯◯しよう」
「△△が気になる」
「XXに行こう」
と感じたとき。そこで、その感覚を無視せずに、まず受け止めてみる。理由はなくてもいい。ただ、「なんとなく」という感覚を、大切にしてみる。
もちろん、それは「気のせい」かもしれない。そのときは何も起こらないかもしれない。でもそれでいい。大切なのは、その小さな感覚に気づくことだ。
その偶然の出来事は、ときに私たちを思いもよらない場所へと導くこともある。それは私たちがその声に気づくことから始まる。
最後に
原因があれば、結果がある。人生にはそういう部分はたくさんある。だがすべてではない。
理由もわからない。原因も見つからない。だけれども、そうなった。そんな展開が、確かに起こりうる。
今でも、不思議に思う。
なぜ、あのタイミングであの本と出会ったのか。
なぜ、あのときあの場所で、あの人と出会ったのか。
なぜ、あのとき休まなければいけなかったのか。
こうした瞬間が、確かにある。
「◯◯だから」という理由は、わからない。それは確かに、「たまたま」としか、言えない。
だからこそ、思う。シンクロニシティが起こるとき、それは私たちに答えを与えるのではなく、「ヒント」を与えようとしているのだと。
ヒントをどうつかむかは、私たち次第だ。それを無視することもできるし、何かのきっかけとして受け取ることもできる。それは完全に、私たち次第なのだ。

