あなたはあなたの幸せを何よりも優先していい。なぜなら

ニッコリしている美女

自分の幸せさえ何とかできない人は、この世の誰かを幸せにすることはできない。

なぜなら単純に言って、自分自身が幸せではなければ、他の誰かを幸せにするこはできないからだ。

「類は友を呼ぶ」の法則通り、幸せは幸せを呼ぶ。そして、不幸は不幸を呼ぶ。この意味で、自分の幸せを犠牲にして他人の幸せを優先することは不可能だし、偽善的である。

だからもしあなたが誰かを幸せにしたいのであれば、あなたがするべきことは、まずあなた自身が幸せな人になることである。

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類は友を呼ぶ

世の中の不幸は連鎖する。

不幸な生まれの人が不幸な人生を生き、周りに不幸をばらまく。しかし、幸せな人は周りに幸せをもたらし、関わる人を幸せにする。

自己啓発の本等では、

「成功したければ成功している人と付き合いなさい」

「お金持ちになりたければお金持ちと付き合いなさい」

「ツイてる人になりたければツイてる人と付き合いなさい」

ということが主張されているが、同じ理屈である。

すなわち、不幸は不幸を呼ぶ。不幸な人は周りに不幸を呼ぶ。逆に、幸せな人は周りの人に幸せを与える。

優先すべきことを優先する

だからこそ、自分の幸せを優先するのは人として当然なことである。あなたはあなたの人生において、あなたの幸せを何よりも優先していいのだ。

つねに本音を語る必要はない。「自己中心的」な言動はトラブルを呼ぶ。だから必要に応じて建前を使って、上手く本音を隠せばいい。

大切なのは、他人を傷つけない範囲において自分の幸せを最大限に優先していい、ということである。

あなたは他人の犠牲になる必要はない。他人の踏み台になる必要もない。ただ、あなたが優先することを何より優先する権利がある。

そして、あなたが本当に幸せになったとき、あなたは誰かを幸せにする人になることができる。するとあなたは、「持てるものはますます与えられて豊かになる」ということを実感できるだろう。

「あなたのために」が暑苦しい理由

世の中にはびこる偽善のなかで特に注意したいのは、「自分さえ我慢すれば周りが幸せになれる」というような、歪んだ自己犠牲の精神である。

実際のところ、「誰かのために」我慢して自分を犠牲にしている人ほど実は、周りの人を不幸にしている。

例えば、「お前たち家族を養うためにオレは必死になって働いているんだ」という親。「君の将来のためを思って言っているんだぞ」と余計な口を出す会社の上司。

実例を上げればきりがないが、彼らの共通するのは、彼ら自身が不満足で、不幸な人生を生きている、ということである。

だから、「自分のためではなく誰かのため」という偽善を通じ、彼ら自身のエゴを満たそうとしている。彼らの言動がつねに恩着せがましいのはそのためである。

彼らがいかに不幸で、自分に自信を持てない生き方をしているか、その実態を知れば、何を優先すべきなのか。そのことがハッキリ分かる。

あなたはあなたの幸せを優先していい

結局のところ、人は自分が持っているものしか人に与えることはできない。

あなたが不幸せであるならば、あなたは誰一人、幸せにすることができない。しかし、あなたが幸せであるなら、あなたは誰かを幸せにすることができる。

つまりあなが世の中で誰かに何かを与える人になりたければ、あなた自身がそれを持っている人になる必要がある。この意味において、何より優先すべきなのは自分自身である。

だからあなたはあなたの幸せを何より優先しても構わない。それが人を傷つけることでなければ、誰もあなたが幸せになるのを邪魔することはできない。

結局それこそが、あなたの周りの人を幸せにする、一番の道なのだから。