「不幸は平等に訪れる」本当の意味

希望そこにあり!

人生を生きていく上でまっとうな感覚を持っているなら、自然に到達する一つの結論。それが人生は平等ではないという現実である。

世の中にはどう見ても不幸続き。人生「超」ハードモードの人生を生きざるをえない人がいる一方で、本人の努力や才能。全く関係ないところで、最初からすべて恵まれており、人生超イージーモード。世の中をなめきった人もいる。

このような現実から考えれば「人生は平等ではない」と考えてしまうのも無理はない。

確かに人生は不平等だ

ただ一方で忘れてはいけないのは、今人生ハードモードでも。逆に人生イージーモードでも。それが永遠に続くという保証は一切ないということもまた、忘れてはいけない事実である。

なぜなら人生は四苦八苦。不幸は人それぞれの状況に応じ、かつベストタイミングで、平等にやって来るからである。

例えばあなたは想像できるだろうか?

人生何もかもうまくいっていった。そして人生がうまくいくことに甘え、すべてを自分の実力だと勘違いして人格的に最低の人間に堕ちてしまう。

そして、一番不幸がテキメンに効果を発揮する場面で見事、不幸が直撃。今まで、「オレオレオレ」で人生の絶頂を楽しんでいたところ、一気にどん底に落とされる。

そのギャップ。その不幸。これは相当ハードな苦しみである。それは高層ビルの屋上から落下するようなもの。今いる場所が高ければ高いほど、底に落ちたときのダメージは、致命的になる。

不幸は本当に不幸なのか?

一方。人生長い長い冬を迎え、努力しても努力しても先が見えない日々のなか、じっと不幸を耐え忍ぶ。その苦しい現実が目の前にあるとき、この先の未来には幸せなど待っていないように見えるかもしれない。

しかしもうすでに実は、人生おける価値ある恩恵を受け取っているのである。それは不幸に耐える忍耐強さである。

人生は四苦八苦。そもそも生きていくことそれ自体、苦しみが伴う。

何かを達成しても。欲しいものを手に入れても。誰かを愛しても。喜びはやがて、苦しみの種になる。つまり人生で幸せが続くこと。良いことが続くこと。それが本当に幸せかどうかは、全く別の話である。

私たちは人生が足し算で欲しいものを手に入れていくことが幸せのように思い込まされているが、実際そんなことはないのである。

何かを得れば何かを失う

例えば、今あなたが年収400万に満たない生活をしており、「今よりもっとお金を稼ぎたい!」という希望を持っているとする。そして実際あなたは努力して年収1000万円の世界に到達することができた。

映画かドラマなどの物語でいえば、ここでめでたしめでたし。「収入がアップして幸せな人生を送ることができました」と、ハッピーエンドで終わるはずである。

ところが人生はその後も続く。最初は年収アップ。月10万円20万円、使えるお金が増えたことに喜びを実感できる。

しかしそれが続くと収入が増えた喜びは色褪せる。そして、収入が増えたことによって様々な欲求水準がアップしていく。

すると、今まで満足できたものに満足できなくなる。稼いだぶん支出は増え、収入が増えているはずなのに、満足感を実感できない。

更にもう一つ言えば支払う税金もアップするので、税金の痛手がますます大きく感じられる。おまけに「この年収をこれからも維持していけるだろうか?」という不安にもさいなまれるだろう。

恵まれている人は本当に恵まれているのか

このように、人生で幸福と思われる出来事がやって来ても、それが必ずしも幸せな人生を約束はしてくれないのである。

そう考えると不幸がその人の人生に応じて、平等にやって来るものだと考えることができる。そう、人生で人がうらやむ何かを持っている人は、その大きさに応じて、それ相応の不幸がやって来るのである。

個人的にもとある有力者の家庭における具体的な事例を聞いたが、それはもう陰惨な話である。「どう聞いても恵まれた家庭ですね」という家の裏側は、本当に悲惨である。

まともな神経をしているなら、その状況ではいくら恵まれていても決して幸せなど実感することはできないだろう。

つまるところ、恵まれている人や成功した人の身に訪れる「陰」の話は表に出ていないだけで、実は至るところにあるのである。

最後に

結局のところ、その人が本当に幸せなのか。いい人生を送っているのか。それは結局のところ、分からない。

ただ一つ言えるのは、人生では自分の身の丈に応じた不幸が訪れるということである。だから山高ければ谷深し。

人生、人によっては成功しない方が、大きな幸せを手に入れない方が、ずっとずっと、幸せに生きれる可能性だって、あるのである。

だから自分と人を比べる意味はない。結局、どんな人にも、その人生に応じた不幸がやって来るのだから。

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