何とかなると思えば、何とかなるの。
野上佳代(『母べえ』より)
人生には、誰にでも最悪の瞬間がある。
何をしても上手くいかず、悪い出来事が連鎖し、すべてが詰んだように感じる。そんなとき、本当に試されるのは「心のあり方」、すなわち自分自身の覚悟である。
「もう、だめだ・・・」と心が折れそうなときでさえ、実は道は残されている。「何とかなると思えば、何とかなる」という言葉は、単なる気休めではない。
心の持ちようが、現実の流れすら変えることがあるからだ。
「何とかなる」と思うから本当に何とかなる
「自分はこの苦境を乗り越えられる」
「今は最悪だが、これからきっとよくなる」
「絶対に、何とかなる」
こうした希望があってこそ、人は苦難に耐え、逆境を超えていける。
不思議なことに、「何とかなる」と信じていれば、現実もまた、それに応えるように動き始める。これは気休めではなく、事実として、そうなるのだ。
もちろん、「何とかなる」と繰り返し唱えたところで、目の前の問題が今すぐ解決するわけではない。だが、その瞬間から、自分の内側が変わり始める。
意識が少しずつ前を向き、崩れかけた足元が再び固まり始める。そしてその日一日を、なんとか乗り切る力が湧いてくる。そうして、幾日も困難に耐えているうちに、あるとき突然、「何かが変わった」と感じる瞬間が訪れる。
空気が変わり、流れが変わり、少しずつ道が開かれていく。そして気づけば、あれほど苦しかった問題は、確かに乗り越えられていた。
その経験を通して、私たちは実感することになる。「何とかなると思えば、本当に何とかなる」という真実を。
これが「自分で自分を救う」方法!
苦境を乗り越える過程で、無傷でいられることはほとんどない。
というより、実際には難しい。心も体も、少なからず擦り減る。しかし、最悪の状況さえ乗り越えてしまえば、そのあとの困難など、たいていは屁のようなものである。この意味で、人生の最大の山場は「本当に辛いとき」に訪れる。
「もう、ダメかもしれない・・・」と心が折れそうになる、その瞬間こそが勝負である。ここで、自分自身を信じ抜けるかどうかが、すべてを分ける。
自分が真っ先に自分の未来を見限ってしまったら、本来助かるはずだった未来も潰えてしまう。だからこそ、あきらめてはいけない。
どれだけ追い詰められても、「何とかなる」と自分に言い聞かせる。これこそが、人生でもっとも苦しいとき、自分自身を救い出す方法である。そう、「何とかなる」は、ただの言葉ではない。それは暗闇の中で灯る、ひとつの光である。
目の前が真っ暗になったとき。心の底から「もうダメかもしれない」と思ったとき。「何とかなる」と、つぶやいてみる。一度だけでなく、何度でも。百回、二百回、そして千回でもいい。ただ、ひたすらに繰り返す。
するとあるとき、不思議な変化が起こる。「これは、本当に何とかなるかもしれない」と、心のどこかで思えるようになるのだ。
1にも2にも、やけを起こさない
今、目の前には、自分の力ではもはやどうにもできない現実が押し寄せている。
その現実によって、自分の大切な何かを失いつつある。どうしようもない不安、悲しみ、無力感。そうした感情が、抗いようもなく湧き上がってくる。
繰り返すが、ここで本当に大切なのは、どれほど厳しい現実があろうとも、自分の人生を投げ出さず、あきらめないことである。
たしかに、その現実によって人生の方向は大きく変わってしまうかもしれない。だが、それは終わりではない。ただの「過程」である。
そしてその最悪の結果さえ、やがて、思いがけない未来を開く扉になるかもしれない。だからこそ、「何とかなる」と信じるのだ。
心が折れそうなときは、無理をしなくていい。立ち止まってもいい。現実逃避してもいい。だが、やけを起こして、自分の人生そのものを見捨ててはいけない。
苦しい時期には終わりがある。そして生き続けてさえいれば、いつかその痛みに見合うだけの救いや報いが訪れる。「負」に見合うだけの「正」が、いずれやって来るのだ。
最後に
不思議なことに、人生は「何とかなるさ」と思っていれば、本当に何とかなるものだ。
たとえ目の前の現実がどれほど厳しく、絶望的に見えたとしても。「自分はきっと大丈夫だ」「必ず乗り越えられる」と強く信じることで、人は苦境を生き抜く力を手にする。
この意味で、「心構え」は極めて重要である。何が起ころうとも、自分の人生は何とかなる。そう信じることに、理由や根拠はいらない。必要なのは、ただその思いを手放さないことである。
なぜなら、人生とはそういうものだからだ。長い目で見れば実際に、何とかなるのだから。
2025年8月追記
私たちが今、生きているこの時代は、確かに生きづらい時代かもしれない。
特に2020年以降、そしてとりわけ2022年を境に、「何かがおかしい」と感じる人は明らかに増えている。
日々飛び込んでくるニュースの数々に目を通せば、そこに希望や明るさを見出すことは難しいと感じることもあるだろう。だが私は、絶望していない。むしろ、強く感じている。「これから、きっと良くなる」と。
良くなる前には、一度悪くなる。たとえば、身体にたまった膿は、それが露わになったときにこそ排出される。
今、私たちの身近なところで、「何かがおかしい」と気づき始めた人々が確実に増えている。その動きそのものが、社会に自浄作用が働き始めている何よりの証拠である。
夜明け前が、いちばん暗い。だが、もうすでに光は差し始めている。私は、そう感じている。
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