【歴史の教訓】人生は「いつ」「どこで」「どうなる」か分からない話

奇跡は起こる

人生は予想外。思ったようにいかないこと。どん底にいるときに知っておきたい話がこちら。

「もう自分は終わりだ・・・」とどん底の状況のときでさえ。明日には明日の風が吹く。奇跡が起こってピンチから抜け出すことができるかもしれない。

つまり人生はいつ、どこで、どうなるかは分からないのである。

「愚か者」の烙印を押された男

私は昔から歴史の話が好きで、特に戦国時代の話が好きだった。

小学生の頃、友人が『信長の野望』という歴史ゲームにはまっていて、それがきっかけで、私も歴史に興味を持つようになった。

先日、『のぼうの城』という映画を観た。豊臣秀吉の北条征伐を題材にした話で、主人公たちは北条方に使える成田氏の武士たち。

最初は、豊臣に降伏するはずがとあることから交戦することになり、結果籠城戦に突入するという話だったが、ユーモラスで面白い映画だった。

ところで、北条氏というと、戦国の下克上の走りともなった北条早雲の家系である。素浪人からのし上がり、関東一円を支配した一族である。

三代目の氏康の時代には、有名な武田信玄や上杉謙信と激戦を繰り広げつつ、順調に勢力を伸ばしていく。そして4代目の氏政とその子氏直の時代、北条家始まって以来の最大勢力となり、関東の支配者となった。

ところがその頃には歴史の趨勢は決まり、豊臣秀吉が日本の大部分を支配するようになった。力を持った秀吉は、北条氏にも降伏を勧告するが、氏政はそれを拒み、戦が起こる。

結果、北条氏は滅亡し氏政は自害。このような経緯か氏政の評価は低く、「北条氏を滅ぼした愚君」など、低い評価を受けている。

果たして彼は無能だったのか?「家を潰した」という事実を考えると「Yes」の可能性が高い。しかしそれは後出しの意見であり、フェアとは言い難い。

いずれにせよ時代の変化ととともに新勢力が台頭し、次々と彼らを飲み込んで行く。勢力を誇っていた有名人があっという間に消えていく。それは昔も今も変わらない。

時代の変化のなかであるものは生き残り、あるものは滅んでいく。まさに「栄枯盛衰」で、そこには限りなく時代の流れという「運」が絡む。

「人生が終わる」直前に運命が変わった男

人の「運」について考えるとき、この男の人生を考えざるを得ない。その男は文字通り「人生が終わる」直前で運命が変わった男である。その男の名前を、上杉景勝と言う。

ときは1582年6月2日、天下人の織田信長が家臣の謀反で倒れる。いわゆる本能寺の変だ。この事件によって、首の皮一枚つながったのが、越後(今の新潟)の上杉景勝である。

上杉景勝は有名な戦国大名である上杉謙信の後継者。景勝は謙信の死後に上杉家の家督を継ぐが、織田信長との対立によってジワジワと滅亡へと近づいていた。

上杉と並び有名な武田家は1582年3月に信長によって滅ぼされ、「次は上杉」という状況。

織田家の北陸攻めの大将、柴田勝家が上杉家の本城である春日山城の目前である越中の魚津城を包囲。魚津城を落とされれば春日山城は目と鼻の先。上杉の滅亡が文字通りカウントダウンされるという大ピンチである。

景勝は魚津城の救援に向かおうとするが、家臣の謀反や、織田軍団の滝川一益が上野(現在の群馬)方向から春日山城を攻撃する気配を見せたため、結局魚津城の救援には迎うことはできなかった。

魚津城を守る上杉方の武将らは必死に抵抗を続けるが、援軍が期待できない彼らは「もはやこれまで」という状況になり城主らは自害。城は落城する。その日は1582年6月3日のことである。

ところが。魚津城が落城した前日、本能寺の変が起きすでに織田信長は死亡していたのである!そして6月4日以降、信長死亡の報が上杉方にもたらされ、景勝は人生最大のピンチを逃れた。

上杉方の魚津城主らは、本能寺の変のことを知らずに、力尽きてしまった。かりに、あと1日だけ持ちこたえていたら、魚津城は助かり、籠城していた人たちには、別の運命が待っていたのかもしれない。

この話を考えると、まさしく「運」が人の運命、生死、未来を左右しているということを感じずにはいられない。

そして学ぶべき教訓はただ一つ。「どんなに絶望的な状況でもあきらめるな。予想もしないことが起こって状況が変わる可能性が残されている

状況は必ず変わる!

上杉景勝が戦国武将として優秀なのは間違いがない。それでも彼が死を免れ、飛躍していくきっかけを与えたのは、織田信長の死という「運」だったのは否定できない。

もしかりに本能寺の変が1ヶ月、いや一週間でも遅れていたら・・・?ひょっとしたら、景勝の歴史的評価は、全く変わった人物像になっていたかもしれない。

「一寸先は闇」と言うが、これは逆に考えるとどんな辛い状況にいても人生は思わぬ方向に好転することもあるということを意味する。

どうしようもないときこそ、耐えて流れが変わるのを待つこと。すると人生の流れが変わり、以前とは違う場所へ導かれていく。

だから最後の最後まで、人生はどうなるかは分からない。自分で「もうダメだ」と決めつけないこと。そうすれば、「本能寺の変」が起こり、状況がガラリと変わってしまうかもしれない。

人生は何が起こるか、先は誰にも分からないのだ。先が見えずひたすら苦しいとき。四面楚歌、ピンチでどうにもならないとき。絶望して心が折れそうなとき。

そんなときは、景勝と魚津城の話を思い出したい。そして、「人生はどこでどうなるか分からない」ということを思い出し、人生の窮地を乗り越えていきたいものである。

最後に

人生は結局「運」なしには語れない。

私たちは自由意志を持ち、自分がすべきこと、やるべきことを追求することができるが、その結果最高の人生を手にすることを保証されてはいない。

いやむしろ現実には、自分に見の覚えのない不慮の不運によって足をすくわれ、人生の理不尽さを嘆くことのほうが多いかもしれない。

それでもなお、人生はいつ、どこで、どうなるか、分からない。

だから私たちにできることは一つだけ。決して人生をあきらめない。ただそれだけである。なぜなら人生は本当に、いつ、どこで、どうなるか分からないのだから。

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