人生の意味なんて分からなくていい。

空を見上げて

人生の意味が初めからわかっていては我々は生き甲斐もない。

人生の意味がなかなかわからぬから、我々は生きる甲斐もあるのだ。

遠藤周作

自分は何のために生きているのか。生きている意味は何なのか。人生今のままでいいのか。

人生の一時期、そういう問いに悩まされるものだが、もし、最初から「私の人生の意味はこれだ!」と答えが分かっていたらどうだろう?

人生の先、自分がどんな人生を送って、どんなことを経験するのか、それにどんな意味があるのかが見えていたらどうなるのだろう?

それを想像すると、人生の意味とはなんぞやと、悩むことはとてもいいことなのかもしれない。

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分からない。だから意味を見つけたい

人生の意味が最初から分かること、それは自分の人生が最初からネタバレしていると同じこと。そこに発見の喜びもなければ、試行錯誤の楽しみもない。

最初から答えが分かっていることなんて、それは何も楽しくない。予定調和、結果が分かっていることをただ続けていても何も面白くないのと同じだ。

それなら、生きる意味を探して、あれこれ悩み、考える方が楽しい。

いろいろ経験し、悩み、苦しみ、それによって人生の意味を見出す。これこそが人生の醍醐味なのだと思う。

今は人生を誠実に生きる

人生の意味なんて、最初から分かる必要はないのだ。答えは人から与えられるのではなく、自分で見出していく。

生きていれば、いつかそれは見つけることができる。

大切なのは自分で自分の人生を誠実に生きていくことである。それはすなわち、今日1日をムダなく真剣に、生きていくことを意味する。

「自分の生きる意味は何なのか?」と考えすぎるあまり、その歩みを止めてはいけない。

生きて前へ進んでいけば、そのうち自然にそれは分かる。そのときになって初めて、自分の人生を自分で評価すればいい。

本当に生きる意味を見つけるのは、そのときである。

出典

『愛情セミナー』(集英社文庫、2013年)