ときに笑って自分をディスろう

いえーい

人間の偉さには、どんなに偉い人でも、必ず限界があります。併し人間の愚かさの方は底無し沼です。

川村

人生ではときどき、

「俺は、なんでこんなバカなことをしたんだろう」

ということをしてしまうときがある。

その理由を振り返ってみても、今ひとつ、自分ではハッキリとした理由が分からない。人生ではそういうことがある。

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自分がしてきたことには、それなりの理由がある。

でも、それから何年も経ってみて、ふと、「あぁ、あのときのアホな経験にはこんな意味があったのか」と、その理由が分かったりする。

そこから学んで反省すればいいのだが、ときに、同じような過ちを繰り返してしまう。「もう二度とゴメンだ」と思っても、同じように失敗してしまう。

そういうときは、自分のバカさ加減にうんざりするが、それも仕方がない。

どんな立派な人でさえ、ちょっと裏側をめくってみると、そこにはドロドロした、じめった何かが見つかる。どんな賢人でも、ときに大きな過ちを犯す。

それが自然だし、そういうものだ。

失敗はしていい。それで人生詰まなければ

だから、立派でなくても十分だ。バカを繰り返して失敗しても、それが致命傷にならない限りはそれでいいのだ

欠点があってもいい。ダメなところがあってもいい。バカで失敗してもいい。もしかしたら、その方が、人間味があって面白いと思う。

人生つまづいて失敗して、バカなことをして「時間のムダ」を味わって。

そういう経験があるからこそ、人として一皮むけることができる。何より、人々の共感を集めることができる。

だから人生経験にムダはない。失敗をしたらしたで、それはそれで価値がある。自分にとって、必要な経験なのである。

出典

『贋世捨人』(文藝春秋、2007年)