「正直者が損をする」と嘆く御仁がいるが、それが厭なら明日から「正直者」をやめるしかない。
中島義道
「正しいことをすればうまくいく」
「正義は必ず勝つ」
「最後に悪は滅びる」
現実の世界がそうであれば、どんなに素晴らしいことだろう。
人に役立つことをし、他の人のために行動する人が報われ、誰もが「みんな」のためを思う人ばかりであれば、この世はどんなに住みやすい場所になることだろうか。
世の中に「悪」は存在する
ところが実際の世の中は、「人のため世のため」とキレイ事を言い、人をこき使って蓄財する「悪いやつ」や、脅しや暴力で人を支配する力の信奉者がたくさんいる。
正直に振舞った結果、「正しい」信念を貫いた結果、どん底に陥ることも多々ある。むしろ、善を捨て利に従った方が、損得で言えば良い結果になることの方が多い。
だからこそ、「自分は正直に振る舞う、世の中が悪い」などと考えず、世の現実の姿を知り、そこで最善、それがムリなら次善を選ぶのも、この世を生き抜く一つの術だ。
理想は理想、現実は現実
理想の世界はゲームや文学、映画の中だけのもの。
現実はもっとぐしゃぐしゃで灰色、曖昧なもので、良いことばかり、正しいことばかりを追い求めることは難しい。だからといって、それが悪いことは限らない。
曖昧さがあるからこそ。正義に悪。様々なものが存在しているからこそ、我々はその矛盾に悩む。だからこそ、この世を生きる意味を考えるのだ。
なぜ、正直に生きるだけではダメなのか、と。
最後に
仮想の世界において、誠実に生きることで、人として正しいだけでなく、様々な恩恵を受けることができる。が、現実の世界では、正直に生きることでむしろ、損をしてしまうことも少なくない。
損得で言えば実際のところ、損をすることが普通である。
世の中はきれいな話だけでは済まされない現実がある以上面従腹背OK。賢く、せこく生きるのもまた、一つの処世である。
人はみな損はしたくない。それなら綺麗事を口にせず、現実に適応していくのも人生の選択肢である。正直者をやめたとしても、人として終わるわけでは、ないのだから。
出典
『善人ほど悪い奴はいない』(角川oneテーマ21、2010年)