友だちは数より質。本物であるならば、むしろ少ない方がいい

握手

心の友は、男女、年齢、職業、地位を問わず、同じ志を持つ者、波動が合う者である。

竹田和平

「友だち100人できるかな」

私たちは友だちを創ることに対して、ある種の脅迫観念を植え付けられている。

つまり、友だちがいない人はダメな人だ。人から好かれないダメな人だ。だから、友だちをたくさん作らなければいけない。仲良くしなければいけない。

そんな無意識の恐れに脅迫されている。

もしあなたが、「自分は友だちがいない。だから自分はぼっちだ。だから自分はダメなんだ」という気持ちがあるならば、あなたはその洗脳の被害者なのかもしれない。

見せかけの友だちならかんたんに作れる。そして増やせる

実際問題、友だちはいらない、とまでは言わないが、本当に心から通じ合うものない人。利害のために一緒につるんでいる人。そんな人たちと無理して一緒にいても、人生がくだらなくなるだけである。

それならいっそのこと、ぼっちのままでいいので、自分がすべきこと、したいことを優先する方が、よほど、豊かな人生を送ることができる。

たしかに、友だちがたくさんいれば、そのなかの誰かから、イザというときに助けてもらえるかもしれない。

しかし、友だちが多ければ多いほど、そこから厄介事や災いがやって来る可能性もアップする。だから、多ければいい、という脳筋な話でもない。

たった一人でもこんな友だちができたらなら

だからこそ大切なのは、数より質。この人は何でも話せる。同じ夢を見れる。価値観を共有できる。信じ合える。そういう人が一人でもいるならば、それで十分である。

逆に、いつも一緒につるんでいるとしても、自分の本音を語ることができない人。志をともにすることができない人。深いところで分かり合えない人。

そういう人をくれぐれも友だちと考えてはいけない。あなたが本当に誰かを必要としたとき、「友だち」という言葉の意味を、思い知らされることになるだろう。

友だちの足を引っ張る人はいない。つまり足を引っ張る人は友だちではない

最後に

本当の友だちと出会える可能性はそもそも低い。だから数は必然的に少なくなる。でもそれが正しい。

あなたが多くの人とかんたんにつながることができたなら、彼らを本物の友だちと信じることは早計である。誰が本当の友だちでそうでないかは、いずれ分かる時が来るだろう。

だから友だちは数より質。本当に大切にしたい友だちが一人でもいるならば。それでもう、十分なのである。

出典

『人生とお金の道を極めた 竹田和平の人生訓』(致知出版社、2017年)